愛艶婚~お見合い夫婦は営まない~
「春生は?」
心の中でぼそ、とつぶやくと、清貴さんがたずねた。
「え……?」
「神社で、なにを祈ったんだ?」
私の、願い事。
「……冬子さんたちの健康と、杉田屋がうまくいきますように、って」
一番に願ったそれらを口に出す私に、清貴さんもフォークを口に運ぶ。
「自分のことより叔母家族のことか。よほど大切なんだな」
「はい。冬子さんもおじさんもお兄ちゃんも……大好きな家族ですから」
家族を思って言葉をこぼすと、自然と笑みもこぼれてしまう。
「私、両親を亡くした頃の記憶がショックで曖昧なんですけど。でもひとつだけはっきり覚えてることがあるんです」
「ひとつだけ……?」
「私をどうするかって話になったとき、冬子さんだけが引き取るって名乗りを上げてくれたんです。他の親戚はみんないやがって、施設に入れたほうがいいって言ってた」
一度に両親をふたりとも亡くして、ただ泣くしかできなかった。
幼い心はこの先のことなんてどうでもよくて、ただ寂しくて悲しくて、絶望しかなかったんだ。
だけどそんな中、冬子さんが『春生はうちで引き取る』と言ってくれた。
『なに言ってるの。冬子のところは旅館もあるし、子供もいるでしょ』
『そうだ。施設に預けたほうがいいに決まってる』
『なに、子供がひとり増えるくらいなんてことないわよ。元々春生もうちにはよく泊まりに来てたし、近所の人にもかわいがられてるからすぐ馴染めると思うわ』
否定的な親族の中、冬子さんはそう言い切って私の手をぎゅっとにぎってくれた。
『春生が寂しさに潰されないように守るのが、大人の役目よ』
冬子さんだって、弟夫婦を亡くし悲しかったはず。
だけど、その場で一番私の心に寄り添ってくれたのは他の誰でもなく冬子さんだけだった。