愛艶婚~お見合い夫婦は営まない~
「ついでですし、夕ご飯の買い物していきましょうか。今夜はなにが……」
沈みそうになる心を必死に保って話題を変えようとしたーーその時だった。
「杉田先生!」
突然名前を呼ばれて足を止める。
聞き覚えのある声に身をこわばらせながらゆっくりと振り返ると、そこにはこちらを見るひとりの男性がいた。
黒髪に眼鏡、中肉中背のその人は私に向かって駆け寄る。
「杉田先生だ!よかった、会えた……」
「村瀬、先生……」
私の顔を見て、達成感でいっぱいといった笑みを浮かべる彼に、ゾッと嫌悪感が込み上げた。
「なんで、ここに……」
「アパートの方から実家に戻ったって聞いて地元に伺ったら、箱根に嫁いだって聞いて……探しに来たんです」
そういえば、都内のアパートを出る際に大家さんに実家に戻ることを話した。
実家が群馬で旅館をしているということも過去に話していたし……その情報をもとに辿ってきたのだろう。
その執着心に、恐怖でバッグを持つ手が震える。
「今更……なんの用ですか」
「僕、杉田先生にずっと謝りたかったんです。僕のせいで退職にまで追い込まれて、守れなくて……」
彼はそう言って申し訳なさそうに眉を下げる。
隣の清貴さんへ視線を移すと、会話の内容から状況を読み取ろうとしているのが伺えた。
やだ、こんな話清貴さんに聞かれたくない。
そんな思いとは裏腹に、村瀬先生は言葉を続ける。