神埼探偵事務所


「っつか、全部思い出したって……サクラ…」

両肩をガチっと捕まれて、まるで話すまでお前は帰らせないとでも言われてる様だ。

まあ、帰れるかどうかの判断は医者次第だと思うけど。焦る大人を目の前にして、それと反比例する様に冷静になっていく自分に笑えてくる。


「……あの日、私は……」


公園で例の紳士と話した後、私は彼に言われたのだ。


『実は、しんどい事が有って泣いていたんだ。何故か知らないけど……桜を見ると落ち着くんだよ。』

『儚いのに、こんなにも頑張ってキレイに咲いているのを見ると……涙が出てくるんだ。』



『良かったら、おじさんと一緒に少し車で走った所に有る桜並木に行かないかい?』


「あの日……」


「私は……」




「誘われるがままにスーツを着た男性の車に乗り、桜を見に行ってから❝帰したくない。ごめん、本当にごめん❞と何度も謝られながら……身体を助手席にロープで縛り付けられた。」


「でも、あのおじさんは青ざめる私の頬に軽くキスをしたのみだった。」


「そして──…」



泣きわめく私を見て、自分の中の理性が再度働いたのだろう。学校の前で私を降ろし、そそくさと車を走らせて何処かへ消えてしまった。


あの時、彼が乗っていたのは…

──会議室で見た型の古いセンチュリーだった。勿論、運転手は居なく自分で運転をしていたけれど。



「泣きながら大河の家へ帰ったの。……お母さんとお父さんは会社の用事だ、と言って出てたのは知ってたけど、まさかあの時、既に離婚の話し合いをしてたなんて夢にも思わなかったよ。」


「神埼邸に着いて、ロープ跡で青くなってる私の腕や首を見たお父さんと大河ママ、大河パパには直ぐに何が有ったか想像付いたんだろうね。」



「怯えて何も話さなかった私を黙って抱き締めてくれたのは──あの時も、大河だったんだよ。」


苦しそうな顔をする幼馴染の白くて柔らかい頬に手を当てる。するとその瞬間、何かが弾けたかの様に日本のスターは涙を流し始めた。


「………ッ、あの時…お前が帰ってこなかったらどうしようってずっと思ってた…!」


「親父だけじゃない、俺のお袋もサクラの親父も誰も俺を責めなかった。だけど、俺があの時に遊びを中断してお前と帰ってたら、あんなか細い腕に痛々しいロープ跡なんか残らなかったし…」

「お前の頬に、サイコ野郎がキスする事も無かった。」



「──お前が全部に怯えて、あの出来事を記憶から消してしまう様な真似もさせなくて良かった。」



「………切り絵の度に、頭痛に耐えさせる事も無かった。……全部、全部俺のせいなんだよ…っ!」




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