浅葱色の約束。─番外編─
怖い───。
そんな当たり前の感情を、こいつは出さなかった。
だから今「怖かった」と、過去形で言っている。
「……すまなかった」
それしか言えない自分に何よりも腹が立つ。
気の利いた言葉ひとつも投げ掛けてやれない俺は、なんとも情けない男なんだろうと。
「普通の女として生きさせてやれなくて……悪かった…」
怖い思いをさせて、弱音も吐かせてやれないで。
「逃げたい」も「辞めたい」も、こいつはそんな言葉を吐かなかった。
それは梓の強さだとずっと思っていたが、そうじゃない。
こいつはいつだって恐怖と戦っていたのだ。
それをこんな馬鹿げた理由で思い出させちまうなんざ、悔しくて堪らない。
「ひじかた…さん、」
それでもこいつは俺の目を真っ直ぐ見つめて。
俺達を1度だって責めることすらせず。
「ありがとう……いつも、たすけてくれて……ありが───っ…!」
もう、無理だった。
てめえの強さが俺も欲しい。
お前の全部が欲しい。
我慢なんざもう無理だ、限界だ。
「んん…っ、んっ…!」
腹が立って仕方ねえ。
お前に触ったあの男も、てめえがあいつから貰った紅を付けたのだって。