忘れるための時間     始めるための時間     ~すれ違う想い~
保健室についた時のことはあまり覚えていない。養護の先生に何か説明したような、何か話しかけられたような…そんな気がするが、落ち着いた時には後藤さんの寝ているベッドの横の椅子に座っていた。

養護の先生と後藤さんがポツポツと何か話しているのが聞こえ、ハッとした。

「…!後藤さん!大丈夫なん?」

思わず立ち上がり、後藤さんにかけられている布団をつかんだ。
養護の先生が笑いながら止める。
「大丈夫 大丈夫。多分寝不足なんじゃと思うわ。それと、軽い貧血かなぁ。」

安心してカタッと椅子に座る。

「ごめんなさい…心配かけて…あっありがとう…運んでくれて」

布団を目の下まで上げ、顔を隠しながら後藤さんが言う。その声があんまり弱々しく、また不安になる。

「朝会った時ちょっと元気がない気がしたし…あの時からやっぱり体調悪かった?そうじゃろ?」

後藤さんは布団の中で控えめにフルフルと顔を振る。

「ええって 無理せんで。」
そっとおでこのあたりに触れようと手を伸ばすが、その手が自分のものでは無いくらい震えている。
柔らかい後藤さんの前髪とほんのり暖かいおでこに触れて少し安心した。

「永井君、4階から1階までよお運んでくれたね。ありがとう。でも、もう心配無いよ。疲れたじゃろうし、一時間目終了まであと少しじゃから保健室で休んで行ってええよ。先生には伝えておくね。5組は…今英語かな?」

養護の先生はそう言いながらベッドを囲むカーテンを引いた。

後藤さんに触れていた手をサッと引き「ありがとうございます」とお礼を言った。

思わず後藤さんに触れてしまったことが少し恥ずかしかった。

ふと後藤さんを見ると顔色に少し赤みがもどったような気がしてまたホッとする。

「ごめん、俺がおったら休めんじゃろうけど気にせず休んで。眠ってええけぇ。」

「でも…」

後藤さんがボソボソっと何かを言ったがよく聞こえない。

顔を近づけて聞き取ろうとすると後藤さんはサッと頭まで布団をかぶってしまった。
「でも…見られとったら恥ずかしい…それに…授業欠課にしてしもうてごめんなさい。」
モゴモゴとくぐもった声だが、そう聞き取れた。

こんな時でも相手を気遣う後藤さんの優しさ…

「ははは、ごめん、ごめん俺も一時間目終わるまで椅子に座って寝るけぇ~俺のことは気にせんで。昨日試合だったのに今朝も朝練だったけぇ授業サボれてラッキーだったしな!」

そう言って腕組みをして眠るふりをした。

「そぉ…ありがとね…ほんまに…」

後藤さんはそう呟いて掛け布団のすそからそっとこちらを覗いて見た。

薄目を開けていたからその姿がうっすらと見えた。

ドキッとした…

その姿が可愛いと思った…

俺は…俺は…自分の気持ちがどうなのか、この気持ちが何なのか。

自問自答をしながら寝たふりをつらぬいた。
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