忘れるための時間     始めるための時間     ~すれ違う想い~
バスが学校の近くの停留所で止まった。
重い足取りで降りる。
あの日早退してから三日間寝込み、久々の学校ということと、あの事が噂になっているのではないか…という恐怖心が私の足をさらに重くする。

足元を見つめ、しばらくバス停から動けずにいた。

ポン と背中を軽く叩かれる。

反射的に振り向くと人懐っこい笑顔の東山君が練習着姿で立っていた。

「おはよう!後藤ちゃん。体調良くなった?」

東山君の笑顔は心を落ち着かせてくれる。恐怖心が少し和らいだ。

「あっ、ありがとう。もう大丈夫…。」
笑顔を作るがうまく笑えない。

「無理せんでよ。この前も大丈夫とか言って大丈夫じゃ無かったじゃろ。学校まで一緒に行こうか。」
東山君が顔を覗き込んで言う。

「でも、朝練の途中なんじゃない?」

「ははっ、サボりサボり!」

足取りが重くてゆっくり歩く私のスピードに合わせて東山君もゆっくり歩いてくれる。東山君の優しさは嬉しいが、昨日の夢のせいでその優しさが不安でもある…。

「倒れた時…倒れた時、ホンマは俺が運んであげたかった。まぁ、あいつほど格好良く運べんかも知れんけど。」そう言って少し笑う。

「…。」

どう答えたら良いかわらかず黙りこむ。

「後藤ちゃん?」

私の名前を呼ぶ東山君の声が元気が無い気がしてその表情を見るために東山君の顔を見た。

「俺、後藤ちゃんのこと…」
東山君はそこまで言うと顔を真っ赤にして口元を手でおおい、口ごもる。

ドキッとして私も目線を足元に移した。この先何を言われるのか、と身構えてしまった。

「…後藤ちゃんのこと、未来(みらい)ちゃんって呼んでもええ?」

「…!えっ?」

予想外の言葉に少しホッとしながら驚いて思わず東山君の方を見て立ち止まる。

東山君は斜め上を見上げながら口元をおおい表情を隠していたが顔が赤いのがわかる。

「いけん?」
不安そうにたずねる東山君がなんだか可愛く見え、つい フフフッと笑ってしまった。

「えっ?何かおかしかった?」
あわててたずねてくるからまたおかしくて笑ってしまった。

「フフフッ フフフッ だっだって、後藤ちゃんって、ちゃん付けで呼ぶ時は許可取らずに呼んだのに フフフッ」また笑えてきた。

「い、いや、ホンマじゃなぁ。で、でも、下の名前はさすがに許可いるかもと思って。俺、紳士じゃし!」言い訳のようにあわてて言うからまた笑えた。

「好きなように呼んでくれたらええよ。」

笑いながら答える。

「やったぁー!」
ガッツポーズで大喜びをする東山君に驚いたけど、何だか笑えて来て、不思議と心が穏やかになった。さっきまでの恐怖心が消え、足取りも軽くなる。

「俺のことは達也でええけぇ」

「えっ?」

「いやぁ~お互い様じゃろ?」
一瞬驚いたが東山君のその言葉にまた笑えてきた。

「なぁ!達也って呼んで~ 未来ちゃん🖤」
甘えるように言うからまた笑える。


親しく名前を呼べる男の子の友達なんていないから少し躊躇してしまったが、思いきって呼んでみることにした。

「うち、今日学校に来るのホントはちょっと怖かったんよ。一緒に学校まで歩いてくれてありがとう…達也くん。」

ちょうど門の辺りまで来たところでそう言うと

「っ!よっしゃ~!!」
とまた大声で叫んでガッツポーズを取った。

「何がよっしゃじゃ!このサボり魔が!」

校門のそばで腕を組んで待っていたのは永井君だった。

どうしよう…と一瞬迷ったが勇気を出してこの前のお礼を言おうとした。

「あっ…あの、この前は…」

「急ぐで!また先輩に叱られるけぇ」

私の言葉を遮るように言い、達也君の首根っこをつかんでグランドに向かって歩きだした。

「えー!ほんならね~未来ちゃん!また!」

名残惜しそうに達也君が言う。

「あっ、うん。ありがとね、達也君。」
小さく手を振りながら言う。

(永井君…うちのこと見てもくれんかった。)
いつもなら何かと声をかけてくれていた気がした。違和感と寂しさ、そして不安が頭をよぎる。

「何で?」

二人を見送りながら呟いた。


ドキッ とした。


グランドまで着いた辺りで永井君がこっちを振り向いたから。

でも…笑顔も無ければ手を上げてもくれなかった。

胸がモヤモヤとした。




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