忘れるための時間     始めるための時間     ~すれ違う想い~

# 光side

# 光side

私服の後藤さんは想像以上に可愛いかった。

達也から行けなくなったとメッセージが来たときには嬉しさ半分不安が半分だったけど、こっちに向かって一生懸命走ってきてくれる後藤さんの姿を見つけた時には達也には悪いけど、嬉しさが込み上げてきた。

どうやら達也がこれなくなったことをまだ知らなかった様子の後藤さん。
それを知ったときの反応を見て俺と二人きりなんて嫌なのかも知れないと不安になってしまったけど、それは違うといつに無く早口で一生懸命否定してくれてホッとした。


エスカレーターに乗ってホームに向かう時、一段下に立つようにした。後藤さんがうつむくと表情が良く見えないし、話をするとき見上げるようにしている後藤さんが大変かなぁと思って。

エスカレーターの手すりにのせている手も小さくて可愛い。少し動かせば届きそうな位置にあるその手に触れたいと思ってしまう。恋人ならできるのにな…。
ふと、一年生大会の時、医務室で達也が後藤さんの手を握っていたあの姿が頭をよぎり胸がキュッと痛んだ。

その時ホームに電車が滑り込んできた。

「あ、電車が来た!あれに乗らんと映画に間に合わん!」

「えっ?ホントじゃ~」
少し焦って俺の顔を見る後藤さん。

長いエスカレーターはホームまであと半分以上あった。俺は自然と後藤さんの手を握りエスカレーターをかけ上がった。

ほぼ満員電車のためドアが閉まる寸前に何とか乗り込めた。

「間に合って良かったなぁ。ごめん、走らせて。大丈夫?」

握っていた手を離してつり革に手を伸ばしてつかんだ。思わず繋いでしまった後藤さんの手は小さくて柔らかくその感触がまだ残っている。

「ううん、大丈夫。うちが来るの遅かったけん、ごめんなさい。」
俺を見上げてそう言ったとき電車がガタリと揺れ、後藤さんがふらついた。とっさに抱え込んで転ばずにすんだ。

「ごめん、ありがとう。うち、けっこうドジじゃから。」

そう言いながらうつむき離れようとする後藤さん。満員電車のためうまく身動きが取れず離れようとしても離れきれずに戸惑っているように見えた。

手を繋いだり、抱え込むようなことをしたりしたから嫌だったのかもしれない と申し訳なく思った。

「快速じゃからけっこう揺れるよなぁ。良かったら俺の服でもつかんどいて」

後藤さんは一瞬「えっ?」と言う顔をしたが、コクりとうなずいてデニムジャケットの裾を控えめにチョンとつまんだ。
その控えめな感じがまた可愛くて…。俺はもう電車の中は上の空だった。
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