忘れるための時間     始めるための時間     ~すれ違う想い~
戸惑う夏 ~高校時代~
日差しが刺さるように暑い。ギラギラと音をさせそうなほど太陽が照りつける。

今年の夏は暑いかもしれん…。

日直の仕事をしていたら少し遅くなってしまった。部活に向かう途中、調理室に渡る廊下で立ち止まってグランドに目をやると野球部が試合形式の練習をしていた。もうすぐ夏の予選が始まるからか、いつもよりも真剣に取り組んでいるように見え、本当の試合さながらに盛り上がっている。

(…あっ!)

思わず渡り廊下の手すりから身を乗り出す。
バッターボックスに立っていた永井くんの
頭にデッドボールが当たりそうになったのだ。
当たる寸前のところで後ろに倒れながらよけた。ホッとした。

「ふぅ…危ない。野球も命がけじゃなぁ」
そう呟いたとき、ベンチから一人飛び出し、すごい勢いでピッチャーに詰め寄る姿が見えた。達也くんだった。

「危なかろぉが!」

怒鳴る声がここまで聞こえた。

つかみかかろうとする達也くんを後ろから永井くんが羽交い締めにする。
その後何人かがマウンドに集まり揉み合っていた。

(ありゃりゃ。大変なことになっとる)

驚きながらも部活の時間が迫っていることを思いだして急ぎ足で調理室に向かった。


今日のメニューはソーダ味のクラッシュゼリーを乗せたレモンゼリー。夏にぴったりの爽やかな味になったと思う。
冷したレモンゼリーの上にクラッシュしたソーダ味のゼリーを乗せた後ミントの葉を飾っていたとき…

コンコン

窓をノックする音がした。

(達也くんかな?)

きっとまたお菓子の催促だろうと思い笑顔で振り向く。
窓の端に丸刈りの後ろ頭がのぞいていた。

「達也くん?」

窓を開けて声をかける。

いつもなら笑顔で元気良く窓から中を覗き込む達也くんだが、今日は声をかけても振り向こうとしない。

不思議に思い、「達也くん?」と肩をそっと叩きながらもう一度声をかけた。


ゆっくりと振り向いた達也くんの顔を見て驚いた。口元が切れて少し腫れていたからだ。

「どっ…どぉしたん?」

思わず達也くんの口元に手をやる。


「こってり絞られたわぁ…。」
うつむきながらばつが悪そうにボソボソと答える。

(もしかしてさっきの…) さっき見た光景が頭をよぎり、その後の事が少し想像できた。

何と声をかけたらいいのかわからず、達也くんの口元に当てた手をしばらくそのまま動かせずにいた。

「ちょっと待っとって。」

ふと思いついてハンカチを濡らして氷を包んで渡す。

「…ありがとう。俺、カッコ悪いなぁ。」
苦笑いでそういう達也くんの言葉に被せるように「そんなことない。うち、見とったけぇ。永井くんのため、なんじゃろ」そう言った時…

「ホンマにお前はアホじゃぁ。先輩がわざと狙うわけなかろぉが」

少し離れたところに腕組みをして少し怒ったような表情で永井くんが立っていた。

「じゃけど、じゃけどな…あいつら俺や光のことええよぉに思ってなかろぉ。」
眉間にシワを寄せて苦しそうに言う。いつもの明るくておどけたように話す達也くんとは違うその姿に戸惑い、気が付けは達也くんの眉間のシワを指で押さえていた。

「はぁ??…っ…えっ?」
案の定達也くんが戸惑っている。

「あっ、ごめんなさい。」
あわてて手を引っ込める。

「いゃ、ええけど…ハハハッ」
達也くんがおでこをてで押さえて笑う。

「眉間にしわやこ、達也くんに似合わんと思って。ごめんなさい、いきなりで」
顔が赤くなるのがわかった。

「ハッハッハッ!ほらな!後藤さんもそぉ言ようるじゃろ。俺への愛情は十分わかったけぇ。これ以上無駄に怒るなや。」
永井くんが達也くんの首をホールドしながら笑って言う。

しばらくじゃれあう二人を私も笑って見ていた。

「あ~!そぉ言えば未来ちゃん、今日何作ったん?!」
達也くんが思い出したように言い、永井くんと二人窓から調理室を覗き込む。

「フフッ。そう言うと思って、ちゃんと二人の分も用意しとるよ。ちょっと待っとってな!」

盛り付けたレモンゼリーに蓋をして一つずつ袋に入れる。

「今日はレモンゼリーなん。お口にあうかどうか…」

「やったぁ!」
「ありがとう!」

二人は嬉しそうにゼリーの入った袋を持ち、自主練に向かった。

仲の良い二人の後ろ姿を見送りながら二人の友情がうらやましいなと思っていた。

校舎の角を曲がり、グランドに入る瞬間フッと永井くんがこっちを向いた気がした。ドキッとしたが少し手を振ってみた。


こっちを見てくれたのなら…嬉しいな。







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