忘れるための時間     始めるための時間     ~すれ違う想い~
「みぃ…。」

少し離れたところから声をかけられてあわてて立ち上がる。

裏庭には手洗い場があり、冷水機も置いてある。水を飲みに来たのであろう唯がタオルを持って立っていた。

「あっ、ゆっ唯!部活?お疲れ様。」

テニス部の唯は真っ黒に日焼けしている。その健康的に焼けた肌はクルクルと大きな目を引き立て、キラキラ輝いて見える。やっぱり綺麗だ。

「みぃ~うちに何か報告すること無い?」
少し意地悪に微笑みながら近づく。

「えっ?いや…え?」しどろもどろになってしまう。もしかしてさっきの達也くんとのやり取りを見られた?

「見ちゃった~達也とみぃの…」
そこまで言いかけた唯の口をあわてて両手でふさいだ。

顔に血がのぼり真っ赤になってしまったことが自分でもわかる。

唯は私の手を引き剥がしながら小声で「付き合っとるん?」とたずねてきた。

「ううん。そう言うんじゃないんじゃけど…告白されて、付き合って欲しいとは言われて…でも、返事はまだ。大会が終わってからでええって…。」

ギュッと目をつむりながらポツポツと話をした。

「みずくさい!早く話してくれたら良かったのに!」少し口を尖らせて唯が言う。


永井くんへの気持ちがあるから言えなかった…そんなこと言えない。

「ごめん。何かはずかしゅうて…」

「いや、お似合いじゃと思うで~で、返事はどうするん?付き合うん?」

「いや…まだ、悩んどる。」
正直に答える。

唯は私の返事を聞くとクルッと手洗い場の方に向いて歩き、バシャバシャと音をたてて顔を洗いはじめた。
一瞬見えた顔は少し怒っているように見えた。

(すぐに話せんかったからかなぁ…。)

タオルでポンポンと顔を拭いた後フッと笑顔になり「まぁゆっくり考えて返事したらええと思うよ。」じっと目を見て言われた。その目から目をそらすことができず、うなずくことしかできなかった。

笑顔は本物?
唯…。
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