忘れるための時間     始めるための時間     ~すれ違う想い~
気付いた気持ち ~高校時代~
応援バスが球場入口の近くに停められた。
バスから降りるとすぐにフワッと熱気をおびた風が体を包む。
「暑い…」思わず言葉が漏れる。

「ほんまに暑いわ~こんな中試合するんかなぁ…」亜紀があきれたように言う。

「ホンマ、ホンマ~」
唯が私と亜紀の肩を組みながら言う。

「いや、二人ともいつっも暑い中部活しとるじゃろ~フフフッ」

そう言いながらジリジリと焼き付くような太陽を手をかざしながら見上げるていると、
「あっ!東山じゃ!」
亜紀が球場脇の木陰に荷物を置いている野球部員を見つけ、指差す。

達也くんもこちらに気づいたのか大きく手を振って見せた。

その様子からリラックスしているように感じ、少しホッとした。

私も小さく手を振って見せた。
達也くんは周りの選手に一言二言声をかけ人なつっこい笑顔を見せながら駆け寄ってきてくれた。

「未来ちゃん!来てくれたんじゃなぁ。ありがとう!暑いじゃろ~大丈夫?」
達也君はまっすぐ私を見て優しく言う。試合前で緊張しているだろうに私のことなんか気にしてくれる優しさに少しドッキッとした。
頬が熱くなるのを感じた。

「・・・うっううん。確かに暑いけど大丈夫。試合前の大事な時間にお邪魔してしもうてごめんな」

達也くんはふっと目を細め「未来ちゃん、ちょっとええ?」私に向かって手を伸ばした。

心臓が跳ねた。

「ん~もぉ。応援に来たのはみぃだけじゃないのに、なぁ!」
唯がニヤニヤしながらわざとほっぺたをふくらませて言う。

達也くんは私に差し出した手を一瞬引いたが、思い切ったように私の右手首をサッとつかんだ。

「おぉ…。」亜紀が両手で顔を隠すふりをしながら指の間を開けて覗いて見る。

「唯も本岡もありがとうな~。ちょっと未来ちゃん借りるで!」
そう言うが早いか、達也くんは私の右手首をつかんだままグイグイ引っ張って歩き始めた。

「球場の入り口で待っとくけんな!!」
唯の声が後ろから聞こえた。

球場のバックスクリーンの裏辺りまで歩いた。木とバックスクリーンの陰になっており少し涼しい。

そこは選手達の集合している場所から離れているからか、静かでセミの鳴き声が響いていた。

達也くんは私の手首を握りしめたまま。人懐っこい笑顔は消えて黙り込んでいる。


(やっぱり緊張しているのかな?)

「達也くん?」
何と声をかけたらいいのかわからず顔をのぞきこみながら小さい声で名前を呼んだ。

慌てたように握りしめていた手を離した。
「ご、ごめん。痛くなかった?無理矢理引っ張ってしもぉたけん。」
申し訳なさそうに言う。

「ううん。そんなことない。それより達也くん…緊張しとるん?」
遠慮がちに声をかける。

「いや…それももちろんあるじゃろうけど…」
「うん。」
「俺な…。」
「うん。」
「…自信が無いんじゃ。ホントは。」
「…。」
うつむいて消えてしまいそうなほど小さい声で言う達也くんをなんとか励ましてあげたいと思ったが言葉が出てこない。

「ふぅ~。こんなん、俺らしゅう無いよな。」
苦笑いをしてそう言いながら左手で右肩をなでた。

何か言ってあげたいけれど何も気の利いた言葉は出てきそうに無い。そっと肩を押さえている達也くんの左手に自分の手を重ねる。

達也くんははじかれたように私の顔を見て少し驚いた表情を浮かべたが、すぐにいつもの柔らかい笑顔になった。

「何もできんけど、応援しとるけん。」
そう声をかけるとすぐに達也くんにグッと体を引き寄せられた。

大切なものを抱きしめるようにそっと胸に抱え込まれてしまったが不思議と驚きもせず嫌でも無かった。まるでそれが自然なように。



達也くんからお日様の匂いがした。



「未来ちゃん。俺な…未来ちゃんの事がほんまに好きなんじゃ。誰にも渡しとう無いし、未来ちゃんのためなら何でもできる気がする。応援してくれるなら心強いし、頑張れる。」
抱きしめられたまま聞こえる達也くんの声は優しくて安心できた。

「未来ちゃん…。ほんまに、ほんまに好きじゃ。」
少し離れて今度はちゃんと目を見ながら真剣な表情で言う。

「うん。知っとる。」少しおどけてそう言ってみる。

「ぷはぁ~!やられた!!けっこう言うな、未来ちゃん。ハハハ!」

私なりの冗談が通じたようで弾けるような笑顔を見せてくれた。私も一緒にクスクスと笑った。

「さぁ行こっかなあ!また先輩に叱られたらいけんけぇ。」

「うん。」

そっと背中を押され、達也くんと並んで歩く。

達也くんの隣は安心できる場所になっていることに気づいた…。



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