忘れるための時間     始めるための時間     ~すれ違う想い~
スタンドへと上がる階段を散々冷やかされながら歩いていた。

「まったく~どーなっとん?!」
「二人で何のお話かなぁ(笑)」

唯と亜紀はニヤニヤしながら絡み付くように話しかける。

「いや、その…いや」

しどろもどろになっているところに
「あっ、後藤さん!」
明るくて良く通る声で名前を呼ばれ立ち止まった。野球部のマネージャーのみすずちゃんだった。一年生の時に同じクラスだったみすずちゃんはとても優しくて気が利くから地味で目立たない私にも良く声をかけてくれていた。


「みすずちゃん。暑い中マネージャーさんお疲れ様。」

みすずちゃんは重たそうな荷物を二つも持っている。働き者だなぁと感心した。

「応援に来てくれたんじゃなぁ。ありがとう。本岡さんも長瀬さんも!」
弾けるような爽やかな笑顔を向けられ、同性ながらに胸がときめいてしまう。

「うん。野球部の頑張っとる姿、しかと見に来た!」
亜紀が敬礼をしながらうやうやしく言う。
「達也がしっかり真面目に頑張っとるか見張りに、な!」
おどけたように言う唯の言葉にみすずちゃんの表情が少し曇る。
「…?みすずちゃん?」
その表情の変化に気がついた私はついそうたずねるように声をかけた。

「う…うん。あのな、実は東山くん、肩の調子あんまり良くないみたいなんじゃけど…」

ドキン

その先の言葉が何だか予想ができる気がして胸が苦しくなった。

「ピッチングの調子自体はえんよ。コントロールもええしな。気合いが違うって言うか…気迫がこもったピッチングで。でも、前に痛めたところ、どうもかばっとるように見えるし、監督と何かもめとるような様子を見かけてしもぉて…」
首をひねりながら慎重に言葉をつむぐみすずちゃん。

嫌な予感がして仕方がない私は手で口を覆い目を閉じた。

「え?それって…一年生大会の時みたいになるかも…ってこと?」
亜紀がズバリと聞いた。

「んーあんなことにならんとええなぁ…って言う私の心配。当たらんとええけど。」
祈るような気持ちでみすずちゃんの言葉にうなずいた。目を開けると心配そうな笑顔のみすずちゃんと目が合った。

安心させるようにふっと微笑みながら私の肩をポンポンとたたき「まぁ、後藤さんが来てくれとるから底力出してバシッと完投してくれるんじゃない?!」と言ってくれた。

「え、いや、ハハハ。」
照れている私の横から唯が顔をのぞかせ
「じゃよなぁ~達也のやつ、絶対カッコつけるで」冷やかすように言う。

「じゃあ、うちは選手応援席に行くけん!」重そうな荷物をまたかついで爽やかな笑顔でスタスタと階段を登っていくみすずちゃんはホントにカッコ良くて可愛くて憧れてしまう。

後を追うようにスタンドへの階段を登った。
パッと明るくなり、しっかりと整備されたグランドが見えた。くっきりと引かれた白線。目を引くような鮮やかな緑色の外野の芝。とても神聖な場所に見えた。


どうか今日の試合が無事終わりますように。
そう祈りながらキラキラ輝くグランドを見つめていた。
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