忘れるための時間     始めるための時間     ~すれ違う想い~

# 未来side

# 未来side

試合が再開した。

「っしゃ~!」「行くで!!」選手達は口々に声をかけあいながら勢いよくベンチから走って出てきた。私は生徒応援席の一番前に立ち、達也くんの表情を見ようとフェンスに張り付いた。

「…ん?」達也くんの姿が見えない。
不安が頭をよぎる。カシッとフェンスを握りしめたとき、ゆっくりと達也くんがベンチから出てきて一瞬こちらを見上げた。その表情は少し硬い。
(何かあったんかなぁ…)不安がさらに押し寄せる。その時、グローブをはめている手をこちらに向けて上げフッと微笑んで見せた。私も微笑み返した。何も起こりませんように、と心の中で祈る。

六回の表、まだ両チーム得点が無い。相手は甲子園常連校と言われる県内きっての強豪校だ。そんな相手と互角に勝負できているのは達也くんの好投のおかげもあるだろう。緊迫した雰囲気の中で達也くんはマウンドに立った。

一球目を投げたとき達也くんの表情が少し曇ったように見えたが相手のバッターのバットは空を切った。「ナイスボール!」キャッチャーがそう声をかけて返球をする。達也くんは笑顔でそのボールを受け取った。

「達也!!」大きな声で達也くんの名前を呼んだのは永井くんだった。ガシャッと音を立て両手でフェンスをつかんでグランドをのぞき込んでいる。永井くんのその不安そうな表情から、異変を感じたのは私だけでは無かったのだと感じた。

不安で足が震える。

達也くんは引き締まった表情で二球目を投げた。しかし、すぐ後、右肩をグローブで押さえるよにしてマウンドにしゃがみこんだ…

一瞬の出来事なはずなのに、それはスローモーションのようで…。

球場のあちこちで悲鳴のような声が湧き上がった。バッターの鋭い打球はピッチャー返しとなり カキーンと言う快音のすぐ後 ボコッと鈍い音がした。しゃがみ込み打球をよける事ができない達也くんの頭に当たったのだ。
達也くんはそのまま後ろに倒れ込み、転がるボールを何とか拾い上げて一塁手に投げた三塁手と二塁審判、キャッチャー、主審がマウンドに駆け寄った。

「いっいや…。イヤー!!!」思わずそう叫び、震えながらその場に頭を抱えてしゃがみ込む。

その後救護の人や監督、チームメイト達がマウンドに集まり、囲まれた達也くんの姿はすぐに見えなくなってしまった。球場全体が騒然としている。唯と亜紀が心配そうに私を支えようと肩を抱いたり、何か声をかけてくれようとしてたようだったが何も耳に入らない。
「達也くんが…達也くんが…何で…」それしか言えない。

フッと大きな陰に視界が遮られ、力強く抱きしめられた。「大丈夫じゃ。あいつは大丈夫じゃ。何もおこらんけぇ安心して」耳元で声がした。安心させてくれるような声が。

不安に震え、取り乱している私の所に永井くんが駆けつけてくれたのだ。
「な、永井くん、達也くんが…達也くんが…」涙と震えでうまく話せない。抱きしめてくれる永井くんの腕にしがみつきながらグランドに目をやると達也くんが担架で運ばれている所が見えた。救護者に囲まれ処置されながら運ばれていたためその様子はうかがい知れず、不安にさいなまれた。
マウンドにぽつんと転がった達也くんの帽子が血の色に染まっている。
気が遠のきそうになった。

救急車の音が遠くから聞こえてきた。この球場に向かっているに違いない。その音が事の重大さを物語っているようで耳を塞いだ。

しばらく抱きしめてくれていた永井くんが私の顔を両手で包み、じっと目を見る。
「後藤さんは達也のそばにおってあげて。しっかり!大丈夫じゃけん!」
永井くんは諭すようにそう言うと腕を引っ張って立たせてくれた。

「頼んだで」とう言いながらそっと頭をなでてくれた永井くんの優しさを感じながら唯と亜紀に支えられるようにして救護室に向かった。

まさか不安がこんな形で的中するなんて…
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