忘れるための時間     始めるための時間     ~すれ違う想い~

# 未来side

# 未来side

病院まではバスで10分くらいだ。
倒れた時の様子や救護室の達也くんの姿を思い浮かべると不安に押し潰されそうになるが、永井くんが一緒だから少し心強い。

そして、何より…さりげなく肩を抱かれ心臓がドキドキしてしまった。不謹慎だが、嬉しいと思ってしまう自分がいる。

ほどなくして病院に着いた。

達也くんは処置と検査が終わり、今は病室にいるらしい。 


少しは痛みも引いただろうか…笑顔がみられるといいけど、無理して笑う姿や私に気を使う姿は見たくないかも…でも、早く顔を見て安心したい。複雑な気持ちで病室まで永井くんの少し後ろを歩いた。

「多分この辺じゃと思うんじゃけど…」
永井くんが病室の番号と名前を確かめながらゆっくり歩き、私も同じように病室の番号を探した。

「あっ、あれかな?」
少し向こうに達也くんの病室の番号を見つけた。
「おぉ、ほんまじゃ。あれかなぁ」

二人で病室の前まで来たとき

ガシャン!

病室の中から何かが落ちる音がしたかと思うと「どういう事なん!」と怒鳴るような声が聞こえた。

永井くんは急いで病室のドアを開けた。

床に点滴の棒が転がり、看護師さんがそれを拾い上げるところだった。
お医者さんは苦い顔をして頭をかいている。

「達也!」達也くんのお母さんがベットの上で起き上がろうとする達也くんを両手で止めている。

片目と頭をグルグルと包帯で巻かれた達也くんは蒼白な顔をしている。

「もう野球は無理じゃやこ、嘘じゃ!」
達也くんは私たちに気づいていない様子でお医者さんにくってかかる。

「右目の視力はおそらくほとんど無くなるでしょうし…何より肩の状態も悪くて。野球続けるなら手術が必要でしょうが、その目の状態では…」
お医者さんがそこまで言ったときそれを遮るように「手術しても無駄みたいな事言うなや!目が見えんかったら野球したらいけんのか!!」半狂乱で達也くんが怒鳴り付けた。

お母さんではもう止められそうにない。

永井くんもそう思ったのか駆け寄って達也くんを抱き止めた。

「光…。」

達也くんが少し落ち着きを見せたところで「とにかく今は安静に。では。」
あわててお医者さんと看護師さんは出て行ってしまった。

達也くんは泣き崩れた。

「おばちゃん。どういう事?」
永井くんがたずねる。

「光くん、来てくれたんじゃな。ありがとう。…あっ、未来ちゃんも一緒に?」
お母さんが病室の入り口に立ったままの私に気づいてくれた。

達也くんはその声に驚いた様子でこちらにチラッと目をやる。

「たっ、達也くん…」
何と言って声をかけたら言いかわからずとりあえず部屋の中に入ろうとしたその時

「悪いけど帰ってくれるかな。一人に…一人にしてくれぇ!」
うつむき布団を握りしめながら達也くんが振り絞るようにそう言った。

達也くんの言葉に一瞬ひるんだが、それでもそばに行きたくて病室に足を踏み入れた。
「…達也くん…」
声をかけようとした時

バサバサバサッ!

ベットのテーブルの上にあった説明資料や書類のファイルを手で払い落とし…
「ええから帰ってくれぇ!今、俺は余裕無いけぇ。未来ちゃんに気を使う余裕も優しくする余裕も…正直顔も見とお無いんじゃ!!」

達也くんに怒鳴り付けられた。

達也くんに怒鳴り付けられるのも、こんな達也くんの姿を見るのもはじめてでなにも言えず口元に手を当てて立ち尽くすだけだった。

「達也!ちょっと言い過ぎじゃろぉ」
永井くんが達也くんをまた抱き止めながら小さく声をかける。

「うるさい!お前なんかに俺の気持ちはわからんじゃろ。お前も出ていってくれ!未来ちゃん連れて今すぐ帰ってくれ!!」
永井くんの腕を振りほどこうとしながら怒鳴り付ける達也くん。

「おばちゃん、ごめんな。こんな時に来てしもぉて。帰るけぇ…」
永井くんは私の手を取り引っ張るようにして部屋を出た。去り際に「達也、俺はまた来るけん。またな。」優しく言った。

永井くんに肩を抱かれるようにして部屋から出る瞬間に見た達也くんは片方だけ出ている目を片手でおおい部屋の角を向いていたからその表情は分からなかった。

部屋から出て少し歩いたところに面会に来た人と話が出きるように自動販売機や椅子、テーブルなどが置いてある。永井くんに支えられながらその椅子に何とか座った。
「これ…」永井くんがそっとハンカチを差し出してくれた。いつの間にか涙がいくつもの筋を作って頬を伝っていた。
達也くんの怪我のひどさと、今まで見せたことの無いような苦しみと怒りをぶつける姿にショックを受けていた。
拒絶されてしまった…。

自分には何も出来ない、何の力にもなれない。そう感じて自分の無力さが辛かった。
< 68 / 108 >

この作品をシェア

pagetop