忘れるための時間     始めるための時間     ~すれ違う想い~
決断 ~高校時代~
お昼休みが終わる寸前に、今日はクッキング部は無いので、達也くんに教室に残ってもらうように話しておいた。
達也くんは笑顔でうなづいてくれた。

放課後の教室には他の生徒が残り、文化祭に向けての話をしているようだった。
なかなか終わりそうにないなぁ…と思ってみていると、達也くんが親指で隣の教室を指差し「あっちの教室、誰もおらんみたいじゃから貸してもらう?」と言い出した。

隣はしんと静まり返っている。

「…え、う、うん。そぉする?」
緊張してうまく返事が出来なかった。

「フハッ、そんな緊張せんでもハハハ」
達也くんは笑いながらそっと背中を押して隣の教室へとエスコートしてくれた。

中には案の定誰もいなかった。
同じ作りなのにクラスが違うと教室の匂いが違う気がした。

「ここ、座る?ここならあんまり廊下から見られんけぇ」
教壇を指差して座るように促された。
教卓の影になり、廊下の窓から見えにくそうだった。

「うん。」
緊張で体が震えるのが自分でもわかった。
そっと教壇に腰かける。

「未来ちゃん、そんなに緊張したら俺まで緊張するがん。」笑いながらそう言う達也くんの顔も少し緊張しているように見えた。

「達也くん、うちな…今まで達也くんに凄く守られとった気がするん。それがこの夏でよくわかったけぇ…」
そこまで言うとなぜか涙が込み上げてきた。
達也くんは、黙ってそっと背中に手を当てた。落ち着かせてくれようとしているのだろう。

「達也くんはうちにとって凄く…凄く大切な存在じゃって気づいた。うちで良かったら…こんなうちで良かったら… 」
背中に当てられている達也くんの手がピクッと動いた。
「付き合って下さい。」
目をつぶって一気にそう言い終わると

ガバッと達也くんに抱きしめられた。

達也くんも震えている。

「ホンマに?未来ちゃんホンマにええん?」
達也くんの声も震えている。

「…うん。」
私も達也くんを抱きしめ返しながら答える。
達也くんの腕の中はドキドキしたけど、やっぱり安心できる気がした。

「ありがとう…ありがとう未来ちゃん。夢みたいじゃ。」
抱きしめていた腕を緩め、顔を覗き込みながら嬉しそうにそう言う達也くんの顔を見て、これで良かったのだ…そう思った。

達也くんが少し震える手を私の頬に当て「大切にする。絶対。」そう呟くと唇が近づいてきた。
一瞬ドキッとしたがそっと目を閉じる。

達也くんの唇が私の唇にそっと触れた。
初めてのキスだった。
涙が頬を伝う。
達也くんはそれに気付き、頬の涙を手のひらで拭ってくれた。

「未来ちゃん?」至近距離で覗き込まれ思わず目を見開いてしまった。

「その顔も可愛い。」
達也くんが少し意地悪な感じで言うから頬が赤くなってしまった。
「あ、赤くなった!」

「もぉ!」口をとがらせ頬を膨らませて精一杯怒ってみせた。
「怒った顔も可愛いわぁ」
フッと笑うと両手で頬を包み込み、またキスをしてきた。今度は少し長く…
フワフワとした気持ちになった。これが幸せってことなんかな…。

その時

ガラッと勢いよく教室の扉が開いた。
驚いた私は達也くんから離れたが達也くんは私を胸に引き寄せ抱え込むように抱きしめた。

ギギッ ガタン!!

椅子が倒れる音がして体がビクッとなった。誰かに見られた驚きと恥ずかしさで達也くんのシャツをギュッとつかみながら顔を深く埋める。

「おお、どーしたん。忘れ物か?」
達也くんは私を抱きしめたまま誰かに話しかける。
「…。」
「フッ、そんな驚いた顔すんなや。今、夏大前の告白の返事もらったとこなんよ。俺らな、付き合うことになったけん。」

(…え?教室に入って来たのはもしかして…)達也くんの会話から教室に入ってきたのが永井くんだと気づいてしまった。頭が真っ白になり、心臓が痛いくらいに鼓動が早くなる。

「そ、そうなん。っそ…。」
永井くんの声がうわずっている。やはりキスをしている所を見られたのかもしれない。ギュッと目をつぶった。シャツを握る手が震える。
怖くて振り向くことも顔を上げることも出来ずにいた。
私を抱きしめる達也くんの手に力がこもった。

「そういうことじゃけん、邪魔せんでくれるかな。早よぉ忘れ物持って練習行けや。キャプテンが遅れたらいけまぁ」
達也くんは少し皮肉気味な言い方で突き放すように言う。
いつもの達也くんと違うその言い方が喉の奥に引っかかった…。
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