忘れるための時間     始めるための時間     ~すれ違う想い~

# 未来side

# 未来side

達也くんが頬の涙をぬぐってくれた。
懐かしい手だった。

「今まで…今までどうしょうったん?」
声が震える。

「心配かけてごめん。俺なりに頑張っとったよ。勉強して、仕事して…今回やっとこっちで仕事することになって。帰ってくるけぇ俺。」


思わず両手で口をおおいながら「えっ!本当?!」大声で叫んでしまった。

「ちょ、未来ちゃん、そんなに大きな声出さんでも!みんなビックリしてこっち見るで」

「あっ、ごめんなさい」
あわてて周りをキョロキョロする。


「お仕事って…何?」

「野球のスポーツトレーナー。」

「スポーツトレーナー?」

「うん。俺、肩壊して野球思うように出来んかったじゃろ?じゃけぇ、選手が無理な練習や試合での酷使で体を壊さんようにするお手伝いがしたいと思って…一生懸命勉強したり、修行したりしてきて、やっと一人立ち出来るようになったんよ。」

「そうだったん、そうなんじゃなぁ…」

達也くんの話を聞いて、ホッとしたらまた涙が出てきてしまった。
今度は自分のハンカチで涙をぬぐった。

達也くんは私の頭をポンポンしながら
「相変わらず泣き虫じゃ」と笑った。

「未来ちゃんは?今は?」

「うん。仕事しょうるよ。ケーキが買えるお花やさん。」

「うゎ~未来ちゃんらしい!」
達也くんは安心したように弾ける笑顔を見せた。

「それで…結婚とかは?」

ドキッとした。
「けっ結婚とかはまだ…する暇無くて。少し前に両親事故で亡くなってしまって。今は弟の母親代わりしとる。」

達也くんは一瞬言葉につまり、少し苦い顔をしながらいたわるような表情で私の肩にポンと手を置いた。

「未来ちゃん、大変じゃったなぁ…」

肩にそっと当たる手があたたかい。

「…で、光とは?どうなっとん?」

急に永井くんの名前が出てびっくりした。
「えっ?どぉって…いゃ、この前ホントに…15年ぶりくらいに会って…」しどろもどろになりながらそう答える。

「はぁ?あいつ…マジで?さっき親しそうにしとったけぇ俺はてっきり…」
あきれたように言う。

「…?てっきり…?何?」


「あぁ。もぉええわ」片方の手で顔をおおい、もう片方の手を振り私の言葉をさえぎる。

「で、未来ちゃんはどぉしてここに?」

話題が変わったことにホッとした。
「弟の健が高校野球やっとって、今日開会式じゃけん見にきたんよ。今年三年生で…最後。」

「おっ、そぉなん?」
達也くんの目が輝いて見えた。

「うん。そう言えば、達也くんの妹さんと練習試合でちょっと知り合って~さっきも少しお話したよ。」

「えーマジで?ユリと?!そっかぁ!」
達也くんの笑顔が弾けた。

笑った顔も好き。安心できて…

つられて笑顔になる。

達也くんがそっと私の頬に手を伸ばそうとしてその手のひらをぎゅっと握った。

一瞬ドキッとした。

達也くんはクルッと後ろを向き「さぁ、開会式の会場いくかな」思いきったように言い、少し前を歩いていく。

その後ろ姿をほんの少し見送り、私も後をついて歩き出した。

達也くんとの距離が時間と一緒に少し開いてしまったかもしれない…。そう感じた。
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