だからきみを離してあげる
ばいばい、夏
「ねえ、食べる?」
入道雲が見えている教室のベランダ。私は手すりに寄りかかってポッキーを食べていた。
「珍しいね。桜がお菓子買うなんて」
「違うよ。もらったの。私たちの記念日とかで」
「そうなんだ。じゃあ、一本もらうね」
彼の名前は安田千夏。あだ名は夏。
女の子みたいな名前のとおり、全体的に色素が薄くて、カッコいいというより綺麗な夏は、ポッキーも私より可愛く食べる。
夏休みを目の前にして、慌てて彼氏や彼女を作ろうと盛っている生徒を横目に、私たちは今月で三年目を迎えた。
他人から見れば熟年カップルのような余裕が漂い、恋人というより夫婦みたいだよね、と言われるほど、いつも一緒にいる。
初々しさの欠片もなく、三年という大切な節目に、人からもらったポッキーでお祝いを済まそうとしても、夏は文句ひとつ言わない。
以心伝心といえば聞こえはいいかもしれないけれど、私たちは言葉にしなくても、分かり合っている。
私は夏に大きなことを求めていない。
夏だって、そうだと思う。
キスをしたり、ベタベタと触り合ったりしなくても、こうして7月の空の下で日光浴をしてる時間が私は一番落ち着く。
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