想い出
「ここは……」

「私のお気に入りの場所。小さい頃、ここでよく遊んだの」

 彼女の瞳が一瞬曇った気がして、僕は下を向いた。

「幼馴染の彼と?」

「うん。よく遊んだって言っても小学生くらいまでだけど。」

 彼女は、うつむき加減で僕の問いに答えると、しゃがみこんで草花に手を伸ばした。

彼女にとっての彼はきっと、生きる希望だった。

その彼がいない今、彼女は何を希望に今を生きているのか、僕にはわからない。

けれど、彼女の言ったように、彼を待ち続けているのであれば、僕は彼女にとって、幽かな希望になれているのだろうか。

自分が彼女の瞳にどう映っているのか。

僕の心をその疑問が埋め尽くした。

「はい。でーきた」

 我に返った僕に彼女は小さな花で出来た冠を僕にのせた。

彼女は綺麗な瞳のまま僕を見て笑った。その彼女の笑顔を見たときだった。



「お願い。いかないで。私を一人にしないで。まだ、言いたいことがあるんだから……」

幽かな白い景色。

揺らいだ風景。少しだけ感じられる手の温もり。そして、僕を呼ぶ少女の声……

「結月!」

僕の名前なのか……結月。

心を締め付ける声とその名。目が開かない。頭に響くその声は一体……



「大丈夫?」

小さな光が見えた。ゆっくり目を開けると、彼女が僕の顔を覗いている。

彼女の後ろには大きな木が見える。

「よかった。急に倒れるから。何かあったのかと思って」

 彼女が胸をなで下ろした。

今の記憶は、なんだったんだ。

生きていたころの記憶なのか。幽かな意識の中で、僕はあの時……死んだのか。

「どうかした?」

 彼女の不安そうな顔を見ると、言葉が詰まり何も言えなかった。

「なんでもないよ。」
「そっか。」

 彼女の顔がしっかり見られなくなったのはその後だった……
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