想い出
「僕は、君の恋人だった佐野結月だ。顔も違う。声も違う。どうして違う状態でこの世界に来たのは僕もわからない。けれど、僕はきっと、君に会うためにもう一度戻ってきた。言えるはずだった言葉を言うために。」

 彼女は黙ったままだった。

僕はうつむく彼女を見つめる。

それしかできなかった。その頃の僕には言い出す勇気がなかったから。

「少しだけ昔の記憶があるんだ。死ぬ時以外の記憶も。それは君が僕に花冠を頭にのせて笑ったり、どこかにぎやかな場所で温かい手の温もりを感じながら歩いたこと。少ししか記憶がない中で、僕は一つ残された記憶の中でわかることが二つある。その二つを言うために僕は、ここに。また結衣に出逢うことになったんだと思う。だからこの二つを言えば……」

「言わないで」

 彼女の手を見ると、二粒の雫が落ちている。

「もうそれ以上は言わないで。ずっと。これからも」

「でも、これじゃ前に進めない」

「いいの」

 彼女は目を赤くし、頬にたくさんの雫が流れる状態で僕を見た。

「私はこのまま、あなたがいてくれれば何もいらない。あなたが幽霊だとしても、結婚ができなかったとしても。私にはあなたがいればそれだけで幸せなの。もう、一人にしないで。」

 彼女は言葉を一つ言うたびに、涙を流す。今ここにこうして彼女がいる。

寒空の下彼女はただ僕のことを考えてる。幸せだけれど、それでは彼女は桜の色も海の匂いも秋の味覚も冬の感触も。僕が全部奪ってしまう。

僕は死んだ。けれど、彼女には使命がある。

〝生きるという使命があるんだ〟

僕は彼女を抱きしめた。茶色がかった髪をなでると、僕の頬にも雫が落ちる。

そのまま寒さをも感じず僕らは抱き合っていた。

「結衣。聞いて」

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