壊せない距離
職場から電車で15分程のところで一人暮らしを始めたのは社会人になってから。
今日行ったレストランは最寄りと職場の間にあったから、最寄りに着くまではおよそ数分だった。

反対方向のはずなのに、祐樹さんは「遅くなったから」と家まで送ってくれるという。
大丈夫です、と断ったけれど、「良いから」と押し切られ、今日もまた家まで送ってもらうことになった。

家に着くまでも、さっきの気まずい雰囲気は感じさせないくらい祐樹さんが会話をリードしてくれていたから、沈黙にはならずに済んだ。

祐樹さんと付き合えば、気楽にいられるかもしれない。そう思うはずなのに…

マンションの前に到着し、今日のお礼を告げると祐樹さんはまた駅に戻って行った。



入口のドアを開いてバッグから鍵を取り出そうとすると、あの声が聞こえた。

「葵、おかえり。」
「…蒼。ただいま。」

社会人になってから、蒼も一人暮らしを始めた。しかも、私と同じマンションで。
それも母親たちに仕組まれていたことをあとで知った。

私が気に入って決めた物件を母に伝えると、それが蒼のお母さん、そして蒼にまで伝わった。
なぜ蒼が私と同じマンションにしたのかを聞いたけれど、「あの職場だったら、ちょうどいい距離にあるから。あの駅は人気でなかなか賃貸出ていないけど、葵のマンションだけ空きがあったからさ。」と返された。

確かに、最寄り駅は快速電車も止まらないけれど主要駅には数分で行けるため利便性が良い。駅周辺も栄えていて、生活するには困らない。部屋もオートロックだから安心できる。

だからって、同じマンションにしなくても…とは思ったけれど、階が違うことが幸いだった。



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