壊せない距離
びっくりうどん、という名前のこのメニューは、肉や天ぷら、温泉卵も乗っていて結構ボリュームがあるのに安いからいつも頼んでしまう。

例のごとく書類提出が遅れた鈴原に昼食をごちそうになれるけれど、自分としては仕事をしただけのこと。安価なものでもごちそうしてもらえるだけありがたいと思おう。

「いや、それくらいから蒼の元気がないんだよな。水瀬となんかあっただろ。」
「何もないよ、変わらず幼馴染やってます。最近は蒼が忙しいみたいだから会ってないだけ。」

「本当か?」と鈴原は疑ってくる。こういう時は鋭いから、やっかいな相手。

「うん。鈴原と違って忙しくても書類は期日までに出してくれてるから、その点では助かってるけど。」

「あぁ、あれね。」

にやっと笑う鈴原の顔に少し苛立ちを覚えて、本日2度目、彼をにらみつけた。

「だって蒼は普通、期日を遅れたりしないから。水瀬に会いたくてわざとだろ。」
「…なに、バカなこと言ってるの。」
「いやいや、どう見てもそうだって。忙しいのに頑張って定時までに仕事を片づけて、わざと期日が過ぎた領収書をもって経理部に行く。そんでそのまま水瀬と一緒に帰れるようにしてるんだよ。」
「…暇だから、幼馴染で気楽だから、ご飯に誘ってるだけでしょ。」

もう、期待はしない。
だから、これ以上、期待したくなる言葉をかけるのはやめて。

早く、さよならしないと。もう傷つきたくないから。

「じゃ、ごちそうさま。またね。」

昼休みはまだ20分以上残っていたけれど、蒼の話をしていられなくてその場から逃げだした。



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