壊せない距離
「水瀬、先輩のこと振ったんだって?」

先輩、というのは祐樹さんのことだと分かった。そういえば、堀田君と祐樹さんは繋がりがあったことを思い出す。

「うん。申し訳なかったけどね。」
「先輩、良い人だと思うんだけど。理由、聞いてもいいか。」
「…いい人すぎるから、かな。」

あの日、結局私は祐樹さんに断りの連絡を入れた。

祐樹さんが優しくて、良い人だとも分かっていたけれど。私の身勝手な気持ちに振り回してしまうことは避けたかった。

それに、あの日。私はここを離れることを決めたから。

「ま、先輩は残念だと思うけど。水瀬達はそろそろ素直になったほうが良いと思うよ。それじゃ、またな。」
「あ、うん。頑張って。」

再びエレベーターに乗っていった堀田君の言った言葉を反芻する。
水瀬達、って…まさか、ね。

せっかく20分も早く出社したのだから、目的を果たさないと、と気持ちを入れ替えた。

私の直属の上司、経理部の部長に声をかける。
この時間、部長だけが出勤していることを知っていたから。

「部長、おはようございます。」
「おぉ、水瀬。おはよう。今日は早いな。」
「少し、お話したいことがあって。今お時間よろしいですか。」
「良いけど、なんか良くなさそうな話だな。」

苦笑いして、ここじゃなんだから、と近くの小会議室に呼ばれた。
小さな会議室、ここはほとんど使われることがないから、きっと部長も察してくれたのだろう。

「こんな忙しい時に、申し訳ないのですが。今年度で退職させてください。」

鞄から用意していた退職届を取り出し、部長に手渡した。



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