壊せない距離
「…願じゃなく、届、ね。」
「申し訳ありません。」
「理由聞くのは、許されるよな。」

部長には入社当時からお世話になった。厳しくても、理不尽に怒ることはなかった、尊敬できる人。
だから、かなり心は痛むけれど、許してください。

「実は、関西に引っ越すことになりました。祖母が関西にいて、けれど一人で過ごすことはできなくなってきました。両親はあと数年で定年退職です。今辞めることは出来ません。」
「…だから、水瀬が、か。」
「はい。」

それから部長は言葉を発することはなく。長い沈黙が続いた。


ようやく、はぁー、とため息がこぼれる。

「ま、家族関係のことなら仕方ないな。これは受け取った。もう撤回できなくなるが、良いか。」

部長の眼鏡の奥から、鋭い視線が向けられる。最後の確認だ。

「大丈夫です。」

けれど、もう後戻りはできないと分かっているから。

蒼との別れまで、あと1か月。

それまでは、幼馴染の距離を壊さずに、守るから。



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