壊せない距離
「蒼と、離れようと思って。」
「それだけで、退職するの…?」
「うん。もう、幼馴染の距離でいるのも、辛くなってきて。」
「なんで告白はしないの?大橋だって、絶対葵のこと好きだよ。」
「それはないよ。蒼にとって私は幼馴染。みんなの前でだけじゃなく、私と二人のときにも、蒼はそう言うの。」

凛や同期は、それを照れ隠しだと思っていたかもしれない。けれど、私と二人でいるときも、蒼は幼馴染という距離を壊そうとしなかった。

「でも、告白したら変わるかもしれないじゃない。何も離れなくたって。」
「私と蒼、実は一回寝たことがあったんだよね。」
「…え?」

「蒼の誕生日のとき、一回だけ。でも、その時も、蒼は幼馴染を大切にしていたの。蒼が私を好きなのかもしれないって自惚れたときもあったけど。ことごとく現実を突きつけられて、やっと目が覚めた。」

今までの蒼への想いを話す私とは違っていることに、凛も気づきはじめたのだろう。
何も言わずに、私の話を聞いてくれる。

「私は蒼のことが好きだったけど、蒼は違う。幼馴染から変わることは無い。
前まではそれでも良いって思えてたけど…これから先、蒼が誰かと恋愛をして、結婚していくのを、幼馴染っていう近い距離で応援していかないといけないんだって思うと、考えるだけで辛かった。だから、幼馴染をやめることにしたの。」

凛はまだ、何も言わずに黙っている。
再びドアがノックされて注文されたメニューがテーブルの上に並べられても、それを食べる気にはなれなかった。



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