壊せない距離
「ほら、俊。もう8時だぞ。さっさと帰れよ。」

俊に手をひらひらとさせて、帰れと合図したが、俊は聞かない。さらには、俺の荷物を片づけ始めた。

「ああそうだ、もう8時だ。だからお前も帰るんだよ。」
「あっ、おい!」

俺のデスクに広がっていた書類も整えたら、俺の鞄を持ち上げてさっさと歩いていく。

「早く来ないと、蒼のおごりな。」

にやっと歩いていく俊を見て、もう今日はダメだと諦めて俊の後を追う。

8時を過ぎた頃と言っても、今日は金曜日だ。仕事帰りの会社員で居酒屋は溢れかえっている。
たまたま空いていた席に二人で座り、ビールで乾杯する。

「はーっ。やっぱ日本で飲むビールが一番うまいな。」
「今回はどこ行ってたんだっけ。」
「ドイツだよ、エコノミーでヨーロッパとか疲れすぎて行きたくないんだけどな。ま、ドイツはビールが上手いから、それだけは許せる。」

俊は軽そうに見えるが、英語はもちろん、ドイツ語も話せるんだから人は見かけによらない。

その語学力があるんだから、入社して海外営業部に配属されたのは当然だろう。

「そういえば、今度出店する福岡って、あの満坂だろ?」
「あぁ、大阪で売り上げが良いからその勢いで福岡の満坂にも出店するらしい。」
「満坂なら大変だろうな。売り上げ下がったらすぐに退店になるらしいから。そこの店長とかSVとか任されたら、責任重大だな。関西も、満坂以外は苦戦してるんだろ。」

通称SV、スーパーバイザーの略で、経営する店舗をいくつかのグループに分けてそこの売り上げや企画などを店長にアドバイスして、成績を維持できるようにサポートする役割だ。

俺もそのSVで、今関東のデパ地下に出店している5つの店舗を任されている。



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