壊せない距離
「…いいや、全く。葵の母親に聞いても、言わない約束だからの一点張り。七瀬に聞いても、あんたには絶対教えないって言われる。経理部の部長が関西に引っ越したって教えてくれただけだ。」
「だよなぁ。俺もそれとなく七瀬に聞いてみたけど、あいつ本当に口が堅いな。全く話してくれないんだよ。今何の仕事をしてるかさえも。」

2年半程前、彼女は突然退職し、俺に何も言わないまま引っ越して行った。

幼馴染としてずっとそばにいた分、彼女がいなくなってからは本当に抜け殻のようだと、俊に何度も言われた。

それを埋めるように仕事に没頭して、体調を崩すことはなかったが目に見えてやつれた俺を心配して、叱ってくれた。

そして、俊には全てを話した。彼女への想いも含めて、すべて。

「関西って言ったって、広すぎだろ。大阪、兵庫、京都、奈良、和歌山、滋賀。えっと、三重って関西に入るんだっけ。まあどっちでも良いや。そのどこか探しあてなきゃいけないんだろ…ほんと、無理ゲーだな。」
「別に、俊が探す必要はないだろ。俺が勝手にやってるだけだから。」

「良いや、これ以上蒼が残業漬けにならないためにも、見つかってもらわなきゃ困るんだよ。俺の相手してくれる奴がいないだろ。」
「だから、さっさと彼女作ったら良いだろ。」
「今は良いんだよ、どうせ出張ばっかで振られる未来しか見えないし。」

隣で俊はビールが少し残ったグラスを揺らして遊んでいる。

出張が理由で過去に振られたことがある俊は、それが軽いトラウマなんだろう。

だが海外営業部の仕事も好きだから、出張をやめることもできない。
俊の中で、今大事なものを天秤にかけた時、勝ったのが仕事だった。



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