壊せない距離
ドリンクが運ばれてきても、私も蒼も口を開かなかった。

乾杯をする空気でもなく、ただ静かに、目の前のコークハイに口をつける。

蒼も同じようにビールを飲んでいる。

お互い一口が飲み終わった頃、耐えきれずに私から口を開いた。

「どうして、私の働いている場所が分かったの。」

おそらく想定内の質問に、蒼は驚くことなく答えてくる。

「俺の教育係だった海原さん、今は関西のSVを任されてるんだよ。所用で満坂の本社に立ち寄ったときに、遠目だけど葵が働いてるのを見かけたんだって。見間違いかと思ったらしいけど、その時案内してくれた経理部の部長がムトウで働いていたことを教えてくれて本人だって分かったらしいよ。それを、この前海原さんと会ったときに教えてもらった。」

もう一口ビールを飲んだ蒼は、続けて言う。

「葵が大阪駅のどこかで働いてることは予想してたけど、まさか満坂だったとはな。驚いたけど、満坂を抱えてるヘネアールもムトウと同じくらい小売業では上位だし、当然といえば当然か。」

それからまたビールを飲んで、口を閉ざす。

ムトウが関東のデパ地下で好成績を上げた頃から、いつか大阪に出店するかもしれないことは予想できていた。
けれど経理部で働く私とは縁がないだろうから、と思っていたのに。

まさか満坂の本社で見られるとは、予想できなかった。



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