【短】昨日の月は綺麗でしたが、今はそうでもないですね。
*
「真子さん」
頭上から愛しの声が降ってきた。
顔を上げれば、
「け、健二くん!?」
目の前に健二くんがいて驚いた。
カウンターをはさんで向かい合いながら、無邪気にほほえんでる。
────そう、そうだよ。この笑顔が見たかったの。
久しぶりに見た気がした。
文化祭が終わって1ヶ月。今までずっと、今日みたく図書委員の当番がある日は、健二くんと一緒に帰ってきたのに。毎週必ず顔を合わせて、笑ってるはずなのに。
どうしてなつかしく感じるんだろう。
「部活おつかれさま」
「真子さんも当番おつかれ。なに読んでたの?」
ふたりきりの図書室。
大好きな本と、大好きな人。
なんて幸せなんだろう。
「『かぐや姫』だよ。なんとなく読みたくなっちゃって」
インクで刷られたやわらかな文字を撫でる。
派手やかな見た目に変わって、図書室の居心地を自分で壊してしまった。落ち着く雰囲気を自分自身が浮いてしまうのはなんだか物寂しい。
後悔はない。
今の自分を気に入ってる。
遅めの高校デビューだとバカにされても、前よりずっと自信を持ってられる。
それでも本が好きなのは変わらないから。
わたしはここにいる。
かぐや姫が最後月へ帰るように、わたしも結局いちばん慣れ親しむ本の中に居座ってしまうんだ。
「そういうとこは、変わらないね」
「……え?」
そういうとこってどこだろう。
というか。
「わたしが変わったのは外側だけだよ」
「……そうかな」
「そうだよ」
あぁ、また。
困ったような笑い方。
どうしたらさっきみたいに笑ってくれる?
もっと自分磨きがんばればいい?
「もう遅いし帰ろ」
「う、うん……」
どれも同じ笑顔のはずなのに胸がギシギシと擦れていく。痛みすら感じない。残るのはモヤモヤした違和感。
おかしいな。
まだ少しもつり合ってないのかな。