【短】昨日の月は綺麗でしたが、今はそうでもないですね。
夜道に自転車のタイヤがカラカラと鳴る。
健二くんの隣にいても緊張しなくなった。
冷たい手をあたためてくれなくなったのはいつからだっけ。文化祭が終わってすぐのころは、手のひらを重ねては赤らんでいた。
あの熱はどこに消えたんだろう。
たしかに、こんなにも、好きなんだけどな。
新曲がむずいと嬉しそうに話すあどけない横顔を、月明かりが弱々しく照らす。
今日は満月じゃない。
食べかけみたいに半分ちょっと欠けてる。
ついさっき読んでいた『かぐや姫』より告白シーンを先に思い出した。
そういえばわたしからちゃんと想いを伝えたことはなかった。
伝えたら笑ってくれるかな。
またかわいいねって笑ってほしいよ。
ねえ。
「それで出だしの音が……」
「けんじ、くん」
「ん?」
「月が、綺麗だよ」
声が震えた。
だって。
だってね、健二くんが。
優しく表情を歪ませるから。
「……うん」
返ってきたのは、たった二文字だけ。
戸惑って、迷って、無理してほころぶ。
健二くんはわたしも月も見ていなかった。
わたしの一方通行。
やっと健二くんと並んでもちぐはぐじゃなくなったんだけどな。“わたしなんか”をやめたんだよ。
健二くんのより薄い茶色のカラーコンタクト。マスカラを塗った厚いまつ毛。生え際の黒い髪とへたな巻きクセ。ピンクのカーディガンと膝上スカート。
かわいくなれたつもりだった。
健二くんの“カノジョ”になりたかった。
だから変わったの。
でも。
「……って思ったけどね、」
声の震えが止まった。
でも、健二くんはちがう。
────変わりたくなかったんだね。