【短】昨日の月は綺麗でしたが、今はそうでもないですね。
考えてみれば男の子とふたりで帰るのって初めてだ。
校舎を出て少ししてから気づいた。
その貴重な初めてが彼。
……うん、よかったかもしれない。
彼、いい人そうだし。
わたし猫より犬派だし。
「おれ、健二っていいます」
隣で自転車を押しながら、彼は人なつっこく口の端をニィと上げた。
「健康に、漢字の“2”で、けんじっす」
「けんじ……健二くん、か。1年生?」
「っす。センパイ……すよね?」
「そう、2年。真子っていいます」
「敬語やめてください!タメでいいっすよ!」
「あ、じゃあわたしも。敬語じゃなくていいよ」
「じ、じゃあ……えっと、まこ、さん?は漢字ではどう書くんすか?……あ、じゃなくて、どう書くの?」
空中で人差し指をおどらせる。
真実に、子どもで、まこ。
「真子……かわいい名前だね」
なんてことなくさらりと言っちゃうところずるいな。慣れてるんだろうな。
ちょっとドキッとしたのは不意打ちのせい。
「図書委員なの?」
「うん。健二くんは……図書室とか苦手そうだよね」
「あはは。わかっちゃう?」
うん、わかりやすかったからね。
「ロミオとジュリエット、読んでたね。ごめんね、勝手に見ちゃった」
「はは、全然いーっすよ。ロミジュリ、読んではみたけどすぐ寝ちった」
やわく苦笑する姿は、ペタンと耳を垂らす子犬にそっくりで、つい笑みがもれた。