【短】昨日の月は綺麗でしたが、今はそうでもないですね。
「真子さんが選んでくれた本、どれもわかりやすくて読みやすくて……おかげでナナコのメンバーにもほめられた。音が前よりもよくなってるって。来週のステージもきっと、いい演奏ができる」
……あぁ、もしかして、これは。
「ありがとう、ございました!」
別れのあいさつ、のようなものだろうか。
ほらやっぱり。
小説は小説。
わたしなんかが勝手に恋を始めちゃっただけ。
赤い糸なんてなかった。
「それで、その……」
きっと最後の言葉を探してる。
わたしも言わなくちゃ。
またね、じゃなくて、さよならって。
文化祭がんばってね、って。
物語でもエンドマークがないといけないのに、頭でっかちにはむずかしすぎる。
「……ぁ、ああっ!」
不意にとってつけたような叫びが真上に飛んでいく。
……上?
つられて夜空をあおぐ。
満月だ。
あめ玉みたいな星におだてられたようにまばゆく光ってる。
「つ、月が、綺麗……ですね!」
「……え?」
びっくりした。
いろんな意味で。
ずるずると視線を落としていく。
暗くてもわかるほど健二くんの頬は赤らんでる。
たぶん、わたしも。
────月が綺麗ですね。
先週おすすめした恋愛小説で、前世の記憶を持つ男の子が前世の恋人に想いを告げたセリフ。
ひどく切ない告白シーン。
「……つ、伝わっ、た?」
現実って、なんか、すごいな。
ううん、ちがうね。
健二くんがすごいんだね。
小説は小説だと、わたしはあきらめてばっかりだった。ダサいなあ。年上なのに。
今は、今こそはちゃんと、しっかり伝えないと。
「……うん、すごく、綺麗だね」
ね、と言い終えたと同時に抱きしめられた。
大きな音を立てて自転車が転倒する。
「文化祭、絶対観に来て。真子さんのために演奏するから」
健二くんはずるい。ずるすぎる。
愛のセリフをいくつ持ってるの。
わたしにもひとつ分けてよ。