生贄の花嫁      〜Lost girl〜
あの後、橙さんが2度目を打つことはなかった。私の背中についた鞭の跡を指でなぞり震えた声で只々嗚咽を零していた。

私が彼のためにできたことは小さかったかもしれない、なかったかもしれないけれど……少しでも彼の中に何かが起こることを私は信じたい。



「花月ちゃ~ん!お風呂のじか…どうしたの、その背中。」
「あ、ちょっと、いろいろあって……。」

「もしかして李仁くん!?イヤリング返したことバレて酷いことされたの!?」

「イヤリングのことは…バレちゃったけど、鞭を打たれたのはそれが理由じゃないよ。私が…踏み込みすぎちゃっただけだから。」


「もしかして……家族の話、しちゃった?」
「え…?」
「ううん、違うなら別にいいの。ただ、李仁くん…家族の話とか、仲間とか話すと機嫌悪くなっちゃうから……。」

そうか。だからあんなに……拒絶するような反応を……。

「橙さんのこと……もっと知りたいって思ったら、怒らせちゃうかな……?」
「分からない……僕たちは……僕たち以外の人の言葉なんて聞いたことがないから。でもきっと……李仁くんのためにはなると思う。」


今の私には歩み寄ることしかできないかもしれないけれどこの儚くて脆い細い糸を繋いでいきたい。


「じゃあ、一緒にお風呂に行こっか。そこで続きを教えてあげる。」

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「花月ちゃん、動くの辛いと思うから全部僕がやってあげるね。」

お風呂に入るなりお世話をしてくれる気満々の琉生くん。確かに鞭の跡がヒリヒリと痛んで腕を上げるのも痛い。


「熱くない?沁みる?」
「ちょっと沁みるけど大丈夫だよ、ありがとう。」
「ううん、どういたしまして。じゃあ頭流してくね。」

誰かに洗ってもらうというのは久しぶりでとても気持ちがいい。年下の男の子に洗ってもらうのは初めてだけれど。

「人の髪の毛洗うの初めてだからなんかドキドキしちゃうね!」
「私もなんかドキドキするよ。誰かとのお風呂は久しぶりだからすごく楽しい。」
「喜んでもらえてるなら僕も嬉しい!」

12歳とは思えないほどのシャワーテクニック。ヘアメイクアップアーティストとかそういう路を選んだら絶対活躍できる気がする。


「……李仁くんね、親に棄てられちゃったの。」
「え……?」

「李仁くんのパパとママはね、外資系のお仕事してて厳しい教育をしてたの。李仁くんは1人っ子だったから跡をつがなきゃいけなくて必死に頑張ってて、若き天才って言われていたの。でもね、小さいころから仕事場の人間関係を見てたから汚れた人間とか上辺だけの人間を見てきて嫌になっちゃったの。だからパパとママに反抗しちゃったの。『私は人形になるために生まれたんじゃない。こんな汚い世界に生きていたくない。』って。でも……『子どもは親のためにいきるものだ。できない人間は要らない。』って言われちゃったの。それで李仁くんは気づいちゃったの……。自分が大事にされてきたのは家族だからじゃない。後を継ぐためのただの道具だから……。皆の目は自分に向けられていたんじゃなくて家柄とか地位とかお金とか……自分以外のモノだったんだって。それで……自分には存在価値がないって思っちゃったの。心が無くなってしまったの……。」


そんなに重たいものを抱えていたのか……。それなのに私は都合のいいことばかり言って……簡単に、捌け口になりたい、だなんて言って……きっと偽善者に見えたよね。

橙さんのこと……何も理解できていなかった。


「その後、路頭に迷っているところをキズちゃんに発見されたの。それで、黒鬼院様と契約したの……って、花月ちゃん、どうしたの!?目の中にシャンプー入った!?」

「ううん…ちが…う…私…とんでもないこと…しちゃった……。橙さんに……あやまらなきゃ……。」

「花月ちゃんみたいに向き合ってくれる人がいるだけで、きっと李仁くんは救われてる。だから、自分を責めないで。」
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