離婚予定日、極上社長は契約妻を甘く堕とす
 家に着いた途端、自室に逃げようとするいずみを捕まえた。ドアを背にして、肩を竦ませた彼女を、つい追い詰めるようにしてしまう。

 帰り道の途中、様子がおかしくなった。それまでは、彼女は、気づいている。俺が何を言いたいのか気づいたその上で、俺を社長と呼び秘書の顔になった。
 話をしたいと言ったことさえ、誤魔化そうとする。


「……逃げないで聞いてくれ」
「……別に、逃げては」
「じゃあ、聞け」


 今日一日、いずみも楽しそうにして見えた。はにかむ笑顔もいくつも見られたというのに、それを全部なかったことにされるような気がした。

 逃げるということは、何を言われるのかも全部わかっているからだ。少なくとも『もしかして』くらいには。


「疲れたから休みたいだけです。お仕事の話なら明日に聞きます」


 思わず、笑ってしまった。


「俺が何を言いたいか、わかってるから逃げるんだろう」


 逃げ出したいくらいに俺が嫌なのか、それとも。
 腕の中で震える細い肩を見ていると、今すぐ解放してやりたいような気にもなるし、逆に抱きしめてしまいたくもなる。

 名前を呼べば、彼女の手が逃げようとドアノブを探す。それを掴んで押し留めた。込み上げてくる苦い感情を、奥歯で噛み殺して彼女を見下ろしていると、真っ赤になった耳や首筋が目に入る。
 きゅっと強く閉じ続ける瞼が、微かに震えていて。やはり、まったく脈がないわけではなさそうだとわかればそれで、今日は解放することにした。
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