離婚予定日、極上社長は契約妻を甘く堕とす
 次の瞬間、和也さんの表情がぱっと明るくなり、私は思わず面食らった。


「……俺の分も?」


 ……そんなに喜ばれることかしら。

 一緒に出掛けようという日に、自分のだけ朝食の用意をするのも酷いなと思ってしただけなのだけど。


「和食でよければ……なんですけど。いいですか?」
「もちろん。手伝う」
「えっ? 待っててくれても……」


 いいのに、と最後まで言う前に彼はキッチンへといそいそと入ってくる。なんていうか、初めて見る顔だ。
 鍋の中の味噌汁を覗き込み、それから顔を上げて私を見る。くしゃりと相好を崩した。


「美味そう。良い匂いだ」


 その表情を見た途端、鼓動が跳ねた。きゅっと胸の奥を掴まれたような息苦しさに、思わず「うっ」と胸を押さえた。


「いずみ?」
「いえ。ちょっと咽ただけです。お味噌汁よそうので、お茶とかお願いできますか」
「わかった」


 ……素直。

 何かが、変わって来ている気がする。
 彼の会社での顔は、きちんと経営者のものでキリリとしていて、見ていて女性がほれぼれするのもわかる。執務室で気を抜いている時もあるが、それだってここまでじゃない。一緒に住み始めてからも、気を使われたのだろうきちんと互いの間の境界線がはっきりとわかる距離感だった。

 だけど今、彼が私に時々見せる表情が、その境界線をぼやかせる。
 お箸やお茶のグラスをテーブルに運ぶ手伝いをしてくれる彼を見つめながら、思った。

 ――本当に、調子が狂う。

 なんだか居心地が悪いような、胸が疼く感覚は不安に似ていて、それでいて少し違うような気もした。
 
 
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