暴君陛下の愛したメイドⅠ《修正版》
政治に関する対談で、女性の同席を禁じている国は案外多い。
アンディード帝国もその国の一つで、こういったケースは珍しく無いし、私自身としても特に気にしていない。
…しかし、まさかこの広い会場で一人になってしまうとは思わなかった。
徐々に遠くなる陛下の後ろ姿を眺めていると、聞き覚えのある声が近くから聞こえてきた。
「あらぁ〜、一人の方がいらっしゃるかと思えば貴女でしたのぉ〜?」
「…ヴィスタン王女様」
「もしや…付きまといすぎて、陛下に見捨てられたのかしら?ふふふっ」
どこからか姿を現した王女様は、そう言って可笑しそうに笑った。
あの時とは違って、後ろの方には友人らしき取り巻きの女性達の姿が見える。
「王女様、この方ですか?身の程も弁えず、アンディードの皇帝陛下に付き纏っていた女性とは」
「下級貴族の者は礼儀がなっていないようですのね」
同調する取り巻き達の言葉に王女様は気持ちよさそうな表情を見せたが、私の反応が気に食わなかったのか鋭い目つきでキ…ッと睨んできた。
「ちょっと貴女聞いていますのっ!?」
正直……このタイプは少し苦手。
なるべく絡みたくはないけど、話しかけられているのにこのまま口を開かないわけにもいかない。
国際問題に発展したくない気持ちは王女様も同じだと思うので、恐らく下手なことは言ってこないはずだ。
要件だけ聞いてなるべく早く話を済ませようと、私は口を開いた。
「王女様が私に何か御用でしょうか?」
「ふんっ!分かっていないようだから特別に教えて差し上げますけど、アンディード帝国の皇帝陛下―――…いえリード様はわたくしの結婚相手ですのよ!」
「………………え?」
聞こえてきたのは思いもよらない言葉で、私は一瞬フリーズした。
結婚相手って……陛下からは何も聞いていないけど……。
もし他国に結婚を約束した婚約者がいたら、何かしら話が耳に入って来てもおかしくはない。
それに城内にはアイルさんがいる。
何かしらそんな話が出ていたのであれば、噂にならないはずがない。
「正式に言い渡された訳ではないけど、滅多に参加されない帝国の皇帝陛下が王国のパーティーに参加されたのは、王女であるわたくしを空いている正妃の座に迎える為だと言うことは分かっているわ!」
自信満々に答える王女様の後ろで、取り巻きの女性たちが拍手をする。
滅多に参加されない陛下がパーティーに現れた事で、王女様は空いている正妃の座と結びつけてしまったようだ。
正式に言われた訳ではない…というのが、その証拠。
もし正妃として迎い入れるつもりであったのなら、事前に向こうへ伝えているはずだ。
「何よその反応…っ!!わたくしが嘘をついていると、そう言いたいわけ!!?」
「……」
確かに普通に考えれば、一国の王女様が嘘をつくなどあり得ない話だ。
しかし、どう考えても先程の言葉は王女様の思い違い。
嘘というより、王女様の勘違いだ。
正直指摘してあげたいけれど、そうしたら王女様は更に逆上するだろう。
「身分が低いくせに、貴女は一体どんな汚い手段でリード様を誑かしたのかしら?」
「汚い手段だなんて…!」
あまりに度が過ぎた言葉に、自分でも口調が強くなるの分かる。
「わたくしは、この国で最高峰とも呼ばれるアカデミーに首席で卒業しましたの。どんな楽器でも上手に弾けるし、刺繍の腕も一流と言われておりますわ。貴女は一体何が出来まして?」
「私は……」
学校には通っていなかったし、楽器はメイドの教養としてピアノぐらいしか弾けない。
そもそも身分だって違うし、王女様と張り合えるようなものは何一つ持ち合わせていない。
私の中で唯一誇れるもの……。
……………あった。
自信を持って答えられるもの。
私は━━━…最難関の試験を合格した者だけがなれる側近メイドで、どの部署よりも陛下のお側でお仕えできる名誉ある特別なメイド。
私はずっとあの言葉が苦手だったけど、今なら言っていた人たちの気持ちがよく分かる気がする。
あの言葉はただ自慢する為だけの言葉ではない。
これまでの努力を証明する。
自分自身を誇りに思える……素敵な言葉だ。