君のために
1話
「玲香~?あんた今日はどする?うちらこれからカラオケ行くんだけど。」
「カラオケ?行く行く!」
「じゃ、早く来てー」
ふわり、と彼女の豪奢な金髪が頬に触れる。あたしは少し微笑んで立ち上がった。
あたしは速水玲香。とある高校の1年。中学の時までは、いかにも地味で、大人しくて、空気のような存在だったけど、高校に入って周りから影響を受けて、今ではクラスの中でも目立つグループに入った。もちろんこのグルではみんな髪染めもしてて、校則なんてあったもんじゃない。飲酒喫煙当たり前、服装規定なんて当然知らぬふり。そんな毎日はとても新鮮で。先生に呼び出されても、親呼び出しになっても、このグループから抜けることは無いと思っていた。
「ねーねー玲香、彼氏とか作る気ないの?」
ふざけたようにあたしに絡んでくる、グループリーダーの心菜。あたしは首を竦めて答える。
「別にあたし、男に興味ないし。」
「えぇー?うちこの前初めてナマでヤったんだけどさ、あれめっちゃいいよ?まじで玲香は彼氏作るべきだって!」
「そんないいもん?」
「いいもんだよ!まぁ玲香の見た目なら男なんてよりどりみどりなんだし、好きなやつ選べば?」
ケラケラと楽しそうに笑う彼女に表面だけの笑いを返す。心菜とは違って、あたしは本気で男に興味がない。一晩限りの関係とか、くだらないし、そんなもので満たされるつもりもない。すると心菜が、急に真顔になってあたしを見つめてきた。
「ね、今度第八高校のメンバーと合コンするんだけど、あんたも来るよね?」
「合コン?別にあたし興味無いんだけど?」
「人数合わせって感じでいいからさ!うちも行くし、他の子達も行くって言ってたから!お願い!」
ぱちん、と手を合わせ、片目をつぶってあたしを見つめる心菜。どうせあたしの容姿を前面に出して良い男を引き出したいだけなんだろうということは容易に想像がついた。でもどうせ、断ったからと別の用事があるわけではない。
「んー、めんどくさいけど別にいいよ。」
「やった!んじゃ、今週の土曜日の午後5時に駅前で集合!」
「はいはーい」
さっと鏡を取り出して前髪を撫で付け始める彼女を横目で見ながら、あんたなんて何しても可愛くないよ、と毒を吐く。こんな気分になったのは久々だ。このグループにいることにそろそろ疲れてきたのだろうか。…いや、そんなことはどうでもいい。あたしは軽く首を振って、目の前のことに目を向けることにした。
「ねぇ心菜。」
「ん~?」
「合コンって言ってたけどさ、心菜彼氏いるんじゃなかったっけ?」
「えぇーっ」
心外だ、とでもいうように唇を尖らせ、心菜は言い訳がましく早口で言葉を紡ぐ。
「要するに彼氏にバレなきゃいいんでしょ?別にうちの彼氏、あんまそういうの干渉してこないし、気にしない気にしない~」
「あぁ、そう…」
「合コンの時は玲香も明るい女の子やってよね~」
「はいはい、仰せのままに。」
きゃらきゃらと楽しそうに笑う心菜の様子を見ながら、所詮似た者カップルか、とスマホの画面に視線を落とす。メッセージの通知、送信元は来…心菜の彼氏だ。内容は簡潔、「今日会えない?」の一言。「何時にどこで?」あたしも短くそう返して、心菜にバレないようにスマホをしまい込んだ。