愛執身ごもり婚~独占欲強めな御曹司にお見合い婚で奪われました~
「こちらの方が! お噂はかねがね聞いております。菜緒さん、毛利亭のお嬢さんだそうですね」


私は驚いて、言葉を失った。
まさか私の知らないところで私の素性まで噂になっているとは思ってもみなかったからだ。


「あ、はい。そうです」
「あそこは昔からよく利用させていただいております。お部屋もお料理も、おもてなしも素晴らしくて本当によい料亭ですね」
「ありがとうございます」


恐縮して頭を下げながら、改めて涼介さんの社会的な立場の大きさを知ったような気がした。
結婚の噂や相手の素性まで流布されているとは、まるで有名人みたい……。

それに鉄道会社の重役さんが去っても涼介さんのもとには次々と挨拶にやって来る人が絶えないし、皆一様に大きな会社のお偉いさんで、名前を聞いただけで緊張する。

正直、プレッシャーも相当な大きさだ。
今日は涼介さんからプレゼントしてもらったドレスを着てきた。気に入ってるので、河本さんの結婚式で着たのと同じもの。

涼介さんは、ドレスコードに反していないから構わないって言っていたけど、もっとフォーマルな格好の方がよかったのではないだろうか。
私は周りをチラチラ確認しながら気後れしていた。

〝あの人が月島専務の?〟と、周りの人すべてに値踏みされているような気がするし、大会社の専務という立場の涼介さんならまだしも、私まで有名人になったようで居心地が悪かった。

肩をガチガチに強張らせて対応し、ようやく人の流れが切れて一段落したときだった。


「涼介」


薄い桜色の和服姿の女性がこちらに近づいて来た。


「唯子」


その女性と涼介さんのやり取りに、私は耳を疑った。

〝涼介〟〝唯子〟……?


「こちらの方が、さっきから注目の的の涼介の婚約者ね」


私たちの目の前に立った女性は、その出で立ちとは裏腹にフランクな口調で言った。
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