恋の蛇足
「それって、セフレなんじゃ」

「そんなんじゃないの」

美紀(みき)が発した言葉がその場に妙に響いた気がして、私はそれより少しだけ大きい声ではね除けた。

店員は私たちの話など微塵も聞こえていないというような顔で去っていったが、私は気になって後ろ姿を見たが何も感じ取れなかった。実際、よくある女子の会話としか思わないだろう。

「え、でも別れてからも同じように会ってるし。瞳子(とうこ)の家に来てるんでしょ」

ふと正面に視線を戻すと、美紀が怪訝そうな顔をしながら、届いたばかりのアイスカフェオレを勢いよくかき混ぜた。
コーヒーとミルクが波打ちながら混ざりあっていく。

「いや、まあ、そうなんだけど」

「じゃあ、やっぱりそうじゃない。付き合うのは無理だけどそういうことはしようって、彼ずるくない?」

歯切れの悪い私に、美紀はどんどん前のめりになって畳み掛ける。
私を責めている訳ではない、心配しているのだと分かっているからこそ私の口はどんどん重くなっていく。

「変だと思ってたんだよね。彼氏と別れたって言ってたのにあんまり落ち込んでないし。でも私、瞳子には幸せになってもらいたいよ」

私も、美紀側の立場だったら同じように話すのだろうか。でも、実際は美紀が思っている状況とは違うから結局上手く想像できないまま、頭の中の私は萎んでいく。
ただ、美紀の誤解をとかないといけないということだけは分かる。

「本当にセフレ、ではないよ」

言い慣れない単語を発すると、妙に自分の声が生々しく聞こえた。

「確かに別れてからも彼と会ってる。
でも、ただ、うちでご飯作ってあげたりゲームしたりくだらないことしゃべったり…あとは仕事の相談も乗ってあげてるけど、それだけ。
そんな色っぽいこと何もないよ」

「本当に?キスしたりイチャイチャしたりしないの?」

「うん、しない。終電までには帰ってるし。キスもしなければ、手も握らない。本当に何もないよ」

本当に何もない。私は再確認する。
美紀の心配そうな表情が、徐々にまた怪訝になっていく。

「瞳子は、彼のこと好きじゃないの?」

「好きだよ。でも、彼は」

もう私を女として好きではない、と言いかけてやめた。
わざわざ言わなくてもいい。

「私、別に弄ばれてる訳じゃないから大丈夫。また恋したいって思ってるし」

これは嘘。

「それならよかった!じゃあ、友達なのかな」

「でも、彼は敬語遣ってるよ」

「じゃあ、先輩後輩?それにしては仲良すぎると思うけど」

「うーん、なんだろうね」

そう言いながらも、私は答えなんて探していないのかも知れない。
その答えを探している時間がとても幸せなのだと言ったら、きっと美紀は私を気持ち悪いと思うだろう。
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