泡沫夢幻




ニコッと笑っていたけれど、
目は、目の奥は、笑っていなかった。
街灯に照らされた野崎は、鳥肌が立つほどに凍てついていた。


「わたしは別に、あなたを恨んでるわけじゃないのよ。

ただ、もっと別の形で、あなたと出会いたかった」
「は?」

あまりにも長く感じた沈黙を破ったのは野崎の方で、
俺は思わず変な声が出た。

笑っているけど、心は泣いているような、誰かに助けを求めているような、怒りと苦しみが混ざり合っているような、
なんとも言えないそんな表情をしている野崎は、意を決したように口を開いた。


「あなたのご家族の件、伝えにきた。

あなたのお父様、わたしの家に何故かスパイごっこしに来てるのですって?」

そう言って差し出したのは1枚の、正装姿の男性_父さんの写真で、野崎はそれをぐしゃっと握りしめて
「彼がどうなってもいいのかしら?」
不敵な笑みを見せた。


俺は口も開けずにその場で佇むしかなくて。
お互いに見つめ合ったまま5分くらいが過ぎただろうか。
実際に過ぎたのは3分かもしれないし、1分かもしれない。わからないけどあまりにも長く感じた2度目の沈黙を破ったのはやっぱり野崎で、
「このことはまだわたしとわたしの執事しか知らないから夏休み明けまで待ってあげる」

痺れを切らしたようにそう残して去っていった。




「どういうことだよ……」
俺はただ、その後ろ姿を見つめることしかできなかった。


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