寵愛紳士 ~今夜、献身的なエリート上司に迫られる~
「俺の家に来ませんか」
自宅までの夜道をふたりで歩きだした。
足の長さのまるで違う雪乃に合わせ、晴久はゆっくりとリードする。
帰路はひとりのときより、ふたりの方が静寂に包まれていた。
隣を歩く雪乃は、眼鏡にマスク、それに冴えない服。
お世辞にも素敵な装いだとは言い難いが、晴久は彼女の臆病な性格を知り、いつもなにかに怯えて、自分を隠しているのだろうと納得した。
雪乃を助けたことに特別な意味はなかったが、震えていた彼女をなぜか放ってはおけなかった。大丈夫だと言われるとなおさら。
このまま置いて帰ったら、一晩中この子のことが気になって眠れない。晴久はそんな気がしたのだ。
「暗い場所が苦手なのは、昔からですか」
緊張を解くため、まるで従者のようにそろそろと歩く彼女に、そう尋ねてみる。
「十年前からです」
「十年前。なにかきっかけが?」
「はい。全然、大したことではないのですが……」
雪乃の声は明らかに暗くなったが、こうなっては隠していてもしかたがないと深呼吸をし、続きを話す。
「高校生の頃、夜道で男の人にあとをつけられたことがあるんです。それ以来、暗闇と男性に恐怖心を抱くようになりました」
晴久は受け止めるようにうなずいてみせる。いくつか想像していた仮説のうちのひとつだった。
そういうことか……と、事情を聞いてさらに納得した。
「トラウマ、ですね。それは大きなことですよ」