首筋に、甘噛み。


「帰れ」

三角フラスコを傾けて、掃除した水槽の中に稚魚を戻す。

赤の照明にさらされている水は、まるで血だまりみたいで。水草に(おお)われるように置いてあるレイアウトの遺跡の中を、魚は優雅(ゆうが)に泳いでいた。


「帰りません!」

背後で、その足音が少しずつ近寄ってくるのがわかった。

こんな透明な魚にも脳みそはあるっていうのに、こいつの頭は空っぽ。俺がどんな気持ちでいるか想像すらできないようだ。


「俺に関わるなって言ってんだろ」

鋭い視線だけを後ろに向ける。

女は扉から離れてずいぶんと進んできていた。それは俺の領域(りょういき)を示す床に張られた白いテープの手前まで。


「私はこの線を今日こそ越えます」

「殺すぞ」

「殺されてもいいです」

「あ?」


窓は締め切ってるはずのに、どこかで(さか)りのついた猫の鳴き声が聞こえた。

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