白球と最後の夏~クローバーの約束~
 
本当は稜ちゃんの手に触れたい。

この状況に任せて触れてみたいけど、そこまでの勇気は出なかったんだ。どうしても。


「大丈夫。なんともない」

「そう。じゃあ、もうちょっと力入れるね」

「うん」


今より強めに当ててみる。


「・・・・どう?」

「全然平気」


そこから少しの沈黙。

今日もきれいに晴れた空の下で部活に精を出す生徒たちの、楽しそうな声が小さく聞こえる。

そんな空間・・・・。


「そんなことよりさ」


稜ちゃんが口を開いた。


「なに?」


消毒の手が思わず止まる。


「あのカップ、すごく喜んでた、母さん」

「ほんと? よかったぁ」


顔の筋肉が緩んで、とたんに笑顔になっていく。

緊張なんて忘れて、稜ちゃんを見て満面の笑みになっていた。


母の日のプレゼントに一緒に選んだティーカップ、稜ちゃんのお母さん、喜んでくれたんだ。・・・・嬉しいなぁ。


「・・・・ありがとな」


稜ちゃんが、ちょっと口ごもりながらそう言う。
 

< 164 / 474 >

この作品をシェア

pagetop