谷間の姫百合 〜Liljekonvalj〜

その日も、表面上は……少なくともリリ以外の家族は、いつもどおりの夕餉(ゆうげ)であったはずだ。

しかし、彼女だけはいつになく皿の上のものを次々と胃の中に流し込んでいた。なにを口にしても、まるで砂を噛んでいるみたいで、まったく味がしない。たとえそれが、彼女の苦手な豚の血を固めたブラッドプディングであってもだ。

「あら、めずらしいわねぇ。いつも顔を(しか)めて、いかにも(いや)そうに食べるのに」

母親のヘッダ・シェーンベリが、息子と同じ紺碧(ディープブルー)の瞳を見開いて言った。その鮮やかな金の髪(ブロンド)は娘が譲り受けている。

「いつまでも子どものように好き嫌いなんか言っていられないさ。いくらKapten(大尉)が爵位を継がぬとはいえ、リリはHedrande(貴族の令息)の妻になるのだからな。それに、彼の海軍の部下にも示しがつかないだろうよ」

父親のオーケが、妻の言葉を受けて満足げに応じた。彼は娘と同じ翠玉色(エメラルドグリーン)の瞳に、息子と同じ灰色がかった金色の髪(アッシュブロンド)を持っている。

リリの咥内を突然、豚の血の生臭さと(えぐ)みが襲った。味が戻ってきたのだ。


……一刻も早く、言わなければいけない。

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