谷間の姫百合 〜Liljekonvalj〜
しかし、リリが焦れば焦るほど、言い出すきっかけがないままに、食後の珈琲になってしまった。裕福になるとともに、すっかり料理をしなくなったヘッダだが、珈琲だけは今でも自ずから淹れている。
「あぁ、そうだ……グランホルムから、軍務が忙しくて間近にならないとこちらには来られないと便りが来たよ。みんなによろしく伝えてくれ、って」
ラーシュは母の淹れた珈琲を味わいながら、今日届いた手紙の内容を告げた。
彼は「学友」を名ではなく姓で呼んでいる。イギリスの紳士の間柄では、ままあることらしい。
「大尉はカールスクルーナからイェーテボリへ?それとも、ストックホルムからか?」
オーケも妻の珈琲をじっくりと味わいながら尋ねる。先程のリリの結婚の話はさほど広がりもせず、いつの間にかこの界隈の噂話に移っていたのだが、ラーシュの一言でまた話題が戻った。
本来ならば、やんごとなき方々の結婚式は、彼らのタウンハウスが集まる首都・ストックホルムで挙げるべきであろうが、大尉が嫡子でない二男であることやシェーンベリの本拠地があることから、イェーテボリになった。
よって、シェーンベリ関係の参列者がグランホルム家よりもずっと多くなってしまうのは確実だ。
母が目の前に置いてくれた珈琲を虚ろな気持ちで見つめていたリリは……今だわ、と決意した。