谷間の姫百合 〜Liljekonvalj〜
「理由はどうあれ、こんな間際になって結婚を取りやめようと言うのだ……しかも、相手は貴族であり軍人でもある。顔を潰すことはもちろん、向こうのプライドも粉々になるだろうな」
貴族や軍人にとって、自尊心が粉砕されるのは、なににも増して屈辱であろう。
「もちろん考えもなしに、こんな大それたことは言えないわ……おとうさまがこれまでに築き上げてきた信頼を失墜させることも……家族には心配だけでなく、多大なる迷惑をかけることもわかっているつもりよ……エマとの結婚を来月に控えたラーシュのことも気がかりだわ……それでも」
そして、リリは父に向かってきっぱりと言い切った。
「私は修道院に入って、イエス様の花嫁としてSisterとなるわ。そして、その後はグランホルム大尉に日々懺悔をし、また世の中の人たちのために毎日マリア様にお祈りをして、私にできうるかぎりの奉仕活動をしながら生きて行くつもりよ」
「おぉ……リリ、だめよ……駄目だわ……そんなの……いけないわ……」
とうとうヘッダの紺碧の瞳から、はらはらと涙が溢れ出した。
「おかあさま、もっと早くに言うべきだったわ。でも、許してちょうだいな……もう、Nunnaにはすっかりお話をして、私をスウェーデン修道会に受け入れてもらう手はずになっているの」
「……そんな……いつの間に……」
ヘッダは崩れるようにテーブルに突っ伏した。
ラーシュが駆け寄って、そっと母の背に手を置いた。