谷間の姫百合 〜Liljekonvalj〜
🥀Kapitel 1

とうとう、六月がやってきた。

リリコンヴァーリェ・シェーンベリは、本日何回目かわからないほど、またため息を吐いた。

liljekonvalj(リリコンヴァーリェ)」とはこの国、スウェーデンの人々に昔からこよなく愛されている国花で「谷間の姫百合」……つまり、鈴蘭のことだ。
両親からその()えある名を与えられた彼女であるが、平生(へいぜい)は短く「リリ」と呼ばれている。

「……いったい、どうなさったの、リリ?」

友人のエマ・カッセルは、Rörstrand(ロールストランド)のカップを上品に持ち上げて中の珈琲(フィーカ)を一口含んだあと、そう尋ねた。彼女は赤褐色(レディッシュブラウン)の髪に灰緑色(グレイニッシュグリーン)の瞳を持つ愛らしい娘だ。

もともと、この国の紅茶の消費量は少なかった。さらに追い討ちをかけるように一八一三年、中国(清国)廣東(カントン)を経由して紅茶の茶葉を輸入していたスウェーデン東インド会社が閉鎖されたこともあり、ますます紅茶よりも珈琲の方が好まれるようになった。


「いいえ……なんでもなくってよ」

リリもまた、手にしたソーサーから優雅にカップを持ち上げながら、薄く微笑んで答えた。

彼女は窓から差し込む光によっていっそう輝く金の髪(ブロンド)に、透き通るような翠玉色(エメラルドグリーン)の瞳を持つ、美しい娘だった。

< 2 / 67 >

この作品をシェア

pagetop