谷間の姫百合 〜Liljekonvalj〜
🥀Kapitel 1
とうとう、六月がやってきた。
リリコンヴァーリェ・シェーンベリは、本日何回目かわからないほど、またため息を吐いた。
「liljekonvalj」とはこの国、スウェーデンの人々に昔からこよなく愛されている国花で「谷間の姫百合」……つまり、鈴蘭のことだ。
両親からその栄えある名を与えられた彼女であるが、平生は短く「リリ」と呼ばれている。
「……いったい、どうなさったの、リリ?」
友人のエマ・カッセルは、Rörstrandのカップを上品に持ち上げて中の珈琲を一口含んだあと、そう尋ねた。彼女は赤褐色の髪に灰緑色の瞳を持つ愛らしい娘だ。
もともと、この国の紅茶の消費量は少なかった。さらに追い討ちをかけるように一八一三年、中国の廣東を経由して紅茶の茶葉を輸入していたスウェーデン東インド会社が閉鎖されたこともあり、ますます紅茶よりも珈琲の方が好まれるようになった。
「いいえ……なんでもなくってよ」
リリもまた、手にしたソーサーから優雅にカップを持ち上げながら、薄く微笑んで答えた。
彼女は窓から差し込む光によっていっそう輝く金の髪に、透き通るような翠玉色の瞳を持つ、美しい娘だった。