谷間の姫百合 〜Liljekonvalj〜
「……あなたは、私と結婚してカールスクルーナで暮らさねばならないことをどう思っていた?」
リリは大尉との結婚後、生まれ育ったイェーテボリを離れて、彼の住むカールスクルーナへ移ることになっていた。
スウェーデン随一の軍港を抱えるカールスクルーナではあるが、「海軍の町」しか言うべき特徴のない、ただの田舎町だった。
軍事機密を保持するためには人々の出入りは最小限に抑えることが最優先で、特に町として発展する必要がないからだ。
「住み慣れたイェーテボリを離れるのに不安はないか、と問われれば、それはないとは言えないけれど、カールスクルーナに赴くことに関しては別に……」
「だが、貴族の女たちは、そうはいかないらしい。彼女たちは華やかな社交界なしでは生きていけないからな。シーズンオフに自分たちの領地へ引き下がることはやぶかさでないが、ほぼ一年中、片田舎で無粋な野蛮な軍人たちに囲まれた生活をするには耐えられないそうだ」
大尉は口の片端を微かに上げて苦笑した。
「あなたが言う『あの美しいヘッグルンド令嬢』……ウルラ=ブリッドも所詮そういう女の一人だ。ストックホルムを離れて暮らすことなどできないよ」