時枝君の恋愛指南

『こちらのお部屋になります』

自社のある最寄り駅から、3つ程離れた駅近の個室居酒屋。

店員に案内されたのは、まあるい障子引き戸で、小さなドーム状の趣のある小部屋。

先に来店していた森野さんに『早いですね』と、声をかけながら室内に入り、薄暗い室内で、緊張した面持ちでかしこまって座っている彼女の正面に席を下す。

まだ何も注文していなそうだったので、いつものように適当に飲み物を注文し、一息ついた頃、森野さんに『…こういうの慣れてるの?』と質問され、我に返る。

いけない。

業務時間外に、ましてや職場以外の場所で、”時枝”のままでいたことが無かった為に、どうにも調子が狂う。

取り急ぎ、軌道修正をすべく、会社での”時枝のイメージ”と、彼女が自分に抱いてしまった”誤解”を利用して、この場をうまく切り抜ける。

ついでに、多少の誤魔化しが効くように、いくつかのもっともらしい伏線を張り、自分がゲイであることも信じ込ませた。

こう言っては何だが、彼女が単純…いや、素直で助かった。

我ながら、少々無理のありそうな設定も、案外すんなりと受け入れてくれたようだ。


『バーチャル…』
『そう、仮想恋愛みたいなものかな。恋愛シュミレーションゲームって、やったことない?』

すっかり俺を信用してくれたらしい森野さんが、依頼の主旨と言うべき、自分の恋愛観と共に、事の経緯と事情を話してくれる。
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