時枝君の恋愛指南
『秘書の業務を、彼女と協力して担当することはわかりましたが、それとこの…』
『如月、秘書は”一人”だぞ』
『は?』
『あくまでも俺の秘書は、”榊君一人だ”と、言ったんだ』
『…1人?』

一瞬意味が分からず、正面に座る専務を見れば、その眼光鋭い瞳と視線が重なる。

『悪いが、社の規約で上役に着く秘書は一人と決まっているらしくてな…そもそも、お前はまだ解雇してから半年だし、さすがに”今”手元に引き寄せるのは難しい』
『では、遠隔的な”サポート”…という』
『いや、それも困る。お前には社内メール等で、出来る限りリアルタイムにやりとりできる環境で、迅速に対応してもらいたい』
『それじゃ…』

瞬時に”あること”が頭に浮かんだが、あまりにも突拍子の無いことだったので、口に出すのは躊躇われた。

専務はにやりと笑うと、持っていたカップをソーサーに戻し、骨太の指をシッカリと両手で組み合わせる、そのままグッと前かがみになる。

『聡明なお前のことだ、もう察しはついてるだろ?』

口元にこそ笑みを浮かべているが、その目は決して笑ってはいない。

この上なく嫌な予感がして、もう一度紙袋の中身を確認する。

『まさか…』
『もう配属先も、決まってる』
『な…』
『さすがに、上層階じゃお前を知ってる者も多いだろうからな…一応一番離れた、総務課にした。あそこなら、お前の顔を知るものも、そういないだろう』
『総務課って…』
『安心しろ、当然こちらの仕事をメインでやってもらうのだから、そっちでの業務は単純な雑用だけにしてもらう手筈になってる…まぁお前なら、多少ハードな業務だろうと、適当にこなせるだろうが』
『ちょっと待ってください、専務!』
『今日は、杉崎だと言ったろ?』

焦る自分とは反対に、専務はいつも通りの冷静さで、むしろこちらの反応を楽しんでいるようにも見える。
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