時枝君の恋愛指南
『ハァ……わかりました』

小さく、溜息まじりの返事がこぼれてしまう。

『そうか!戻ってきてくれるか』
『バレても知りませんよ』
『万が一バレた時は、俺がどんな手を使っても、お前を守ってやる』
『…半年前に、簡単に私を切った人が、ソレ言いますか』
『おいおい、人聞きの悪いことを言うな。あれは戦略に決まってるだろ?俺はお前を切り捨てた覚えは、一度もないぞ』
『物は言いようですね』
『全く、お前のそういうとこ、ホント可愛くないよな』

ひとしきり豪快に笑うと、残っていたコーヒーを一気に飲み干し、もう一度こちらに向き直る。

『でも、如月が近くにいてくれるだけで、俺は心強い』

満面の笑みでそう言われてしまえば、何故だか、まんざら悪い気はしない。

やっぱり、この人は天性の策士だ。

まんまと相手の気を悪くせず、いつのまにか自分の思った通りの方向にもっていく。

こんな、通常絶対に有り得ないことだって、うまくいくような気さえしてくるのだから、不思議なものだ。


…その後、専務からより具体的な指示が出され、その練り込まれた設定は、専務の本気度を現すように細かく、どこにも隙が無かった。

名前は、なるべく自身の違和感の無いようにと、自分の母方の旧姓”時枝”を使うことにし、とにかく職場ではあまり目立たず静かに、出来る限り誰とも深く関わりを持たずに過ごすこと。

最終的には、数年後に”如月”として職場復帰をすることを念頭に、”時枝”としての印象は、あまり残したくないらしい。
 
これに関しては、特に意義を申し立てることはなかった。

正直その方がこちらとしてもやり易く、当然通常の業務より多くなるであろう仕事に、より集中できるという点でも、ありがたい。
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