あくまで死んでます
「さて、さっそく本題に入ろうか」
トン、と湯飲みを机に置き、南天が"私"の目を見つめた。
この人はじっと人の目を見る癖があるらしい。
綺麗な瑠璃の宝石のような目だ、なんてこの期に及んで考えてしまうくらい、"私"の頭は現状を認めたくないと叫んでいた。
「まず、俺は南天という。この泰山府君庁で、神使……のような役割をしている」
「神使?」
「ああ。神に仕えている者だと思ってくれていい。
もちろん俺が仕えているのは、泰山府君……だ」
「なるほど。では人間ではないの?」
「人間ではない」
ところどころ妙に歯切れが悪いのが気になるが、南天は淡々と言葉を紡いでいく。
姿形は人間そのものだが、神様と見紛うほどの神々しさを感じたのは神に仕えていたからか。
冷静に情報を処理できている自分が怖くなる。
人間、現実から一度目を背けると案外脳が仕事をする。
「そして先ほども述べたが、端的にいうとあなたはもう死んでいる。そしてここはいわゆる"あの世"だ」
「ほう、あの世。あの世、ね……へぇ〜〜」
あーーー、えーーーっと、うん。
"私"、知らない間に死んだんだ。
全然気付かなかった。
寝てる間に死んだのかな。
それとも突然事故に遭って、苦しむ暇もなく死んだのかな。
……だめだ、何も思い出せない。
「冷静だな」
「あーーっと……情報を処理するのが忙しくて、取り乱す暇もないというか」
「そうか。先ほどから気になっていたが、その様子だと記憶も現世においてきたか?」
「置いてきたかどうかはわからないけど、自分の名前も思い出せないのは確かよ」
「やはりか」
南天は困ったようにため息をつく。
そして、衝撃の言葉を口にした。
「自分を殺した相手がずっと目の前にいるのに、なぜ腹の一つも立てないんだと不思議だったんだ」